Archive | 12月, 2016

血が繋がっている家族だからって、無理して親しい関係を保つ必要はない

20 12月

数日前にこんなツイートを書いたら、予想以上に反響があってビックリした。

140字だけでは説明しきれない複雑な問題だから、ブログでもっと説明したい。

子供の頃から、家族は何よりも大切だと教わってきた。うちは父と母の三人家族だったが、親戚も含めると大家族に膨れ上がった。年末年始は特にみんなで集まることが多かった。美味しい食事がたくさんあって、いとこたちと馬鹿騒ぎできるのは楽しかったが、そうではないことも多かった。絵を描くのが好きだったから、理系だらけの家族から「文系に進んではいけない」という親切な忠告をもらうことがよくあった。男らしくないとされる遊びが好きな自分は、周りからの冷たい視線にも敏感だった。こうした小さな摩擦から始まって、年齢を重ねる度に自分の居場所の面積が減っていくのを痛感した。

ゲイであると知られるのを恐れて、自分から距離を作ったのもある。大学に入学したものの、文系を選んだことでがっかりされたのもある。重い病を患っていた父と反抗期の自分の悪化した関係を理解されなかったのもある。理由が山ほど重なって、家族の集まりが息苦しい環境になった。家族からすれば好意のつもりでも、自分の視点からは鋭いナイフにしか感じられないことも多かった。相手の好意を断れば失礼で、受け取れば自分が傷付いた。血の繋がった家族だという理由だけで、そこから離れるという選択肢はないと思っていた。だから、余計に苦しんだ。

自立してくると、そこから抜け出そうとして外の世界に手を差し伸べた。友達と過ごす時間が増えて、コミュニティでボランティアする機会も多くなった。そうやって心のバランスを保っていたのだろう。ところが、家族以外のことに時間を費やす自分は家族にとって裏切り者のような存在になった。家族と距離を取るなんて冷血な人だ。家族なんだからもっと関係を保つために努力したらどうだ。私たち家族の気持ちを考えられないのか。家族から、他の人から、そんな言葉をたくさんもらった。その家族の関係が悪化したのはすべて私のせいだと彼らは言う。少なくともそう聞こえた。私だって好きじゃないけど家族のために我慢してるんだから、君も我慢するべきだ。そんなアドバイスまでもらった。そうやって「家族」という言葉が都合良く使われることに納得ができなかった。血が繋がっているからって、相手をリスペクトしなくてもいいのか。血が繋がっているからって、自分をリスペクトしてくれない人を我慢する必要があるのか。

LGBTコミュニティに参加するようになって、同じように家族との関係に悩む人たちとたくさん出会った。自分が抱えていた問題なんて、他の人に比べれば全然平和だと知った。こうして似たような痛みを共有できることで、心にのしかかっていたものがだいぶ軽くなった。そんなLGBTコミュニティで、チョーズンファミリーというコンセプトも学んだ。直訳すれば自分で選ぶ家族という意味である。差別や偏見、その他の理由で血の繋がった家族と上手に関係を結べない人はたくさんいる。家族と遠く離れた移民や難民の人だっている。彼らは家族のようなコミュニティを自分の周りに築いて、お互いをサポートしている。その形は様々だ。クリスマスという時期は家族に恵まれていない人たちにとってはつらい時期である。そんな時に、チョーズンファミリーと一緒に食事ができるだけで救われる人は少なくない。多くのLGBTグループはクリスマス当日にイベントを主催する。チョーズンファミリーの重要さを理解しているからだ。

この歳になって、母とは健康的な関係を築けるまでになった。その関係にはたくさんの時間と労力を費やした。秘訣はやはり、母が自分を家族の一員としてだけではなく、一個人としてもリスペクトしてくれるようになったからだ。「母だから」という理由だけで価値観を押し付けられることは減って、より対等な関係になった。それは「伝統的な」親子の関係とは少しズレているかもしれないが、私たちにはピッタリのようだ。血が繋がっているという理由で、私たちは「家族」という箱の中に入れられてしまう。その箱の中身は選びたくても選べないことの方が多い。それを素敵な場所だと感じる人もいれば、地獄だと考える人もいる。家族とは難しいものだ。

血が繋がっている家族だからって、無理して親しい関係を保つ必要はない。これは今の自分だから自信を持って口にできる言葉だ。長い間、そうやって生きてきた自分に罪悪感を感じていた。しかし、もうそれを悪いことだとは考えていない。どんな形の家族に価値を見出すのか、どんな家族関係を築くのか、それは個人の自由である。こうした方が絶対良いという魔法のレシピはない。その選択はリスペクトされるべきだ。

年末年始は多くの人にとって家族との距離が近くなる時期だ。家族という枠組みの中で、集団的な価値観を押し付けられやすい環境でもある。逃げたくても逃げられない状況もあるかもしれない。そんな時に、自分のために立ち上がったり、その場を去るという選択肢だってあることを忘れないでほしい。そして、家族に対する罪悪感を自分の足枷にする必要はない。

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年末年始、セルフケアを忘れずに。

 

 

海外で仕事探し – 挫折と失望の繰り返し

16 12月

2016年の初め、いきなりフルタイムの仕事を離れて自分探しをすると豪語したが、とても愚かな決断だとすぐにわかった。

トロントの失業率は悲惨な状態で、特に若い人は仕事探しに苦労している。エントリーレベルの仕事が既に絶滅状態で、数年の就労経験がない限り誰にも相手にされない。会社が人材を育てる時代は終わったのだ。仕事を始めたその日からトレーニングなしで成果を出せないなら、どんなに優秀でも価値はない。少なくとも、それが自分の経験であった。

「君に素質があるのはわかっているが、うちの会社で活躍できるようになるまで三ヶ月はかかる。君のような人材が山ほどいる中で私が君を雇う理由はない。それでもここで働きたいなら、無給のインターンシップなら考えてみてもいい。」

とあるマーケティング会社のトップから実際に言われた言葉である。悲しいことに、返す言葉はなかった。その仕事を欲しがっている人が数百人いる中で、その会社の視点からすれば自分には何の価値もない。自分がその会社に貢献できるようになるまでのトレーニング期間にお金を使うより、もっと経験と技術のある人を雇う方が安上がりだ。

「雇われたいなら、会社が君を雇うコストの二倍以上の利益を達成できると立証すればいい。それだけのことだ。」

それでは自分が金儲けのための機械のようである。しかし、社会はどんどんその方向に傾いている。利益率が物事の価値を図るものさしになって、無駄だと思われるプロセスは削除される。そんな基盤の上に構築された社会で、どうやって人間らしく生きられるのだろうか。毎月ごっそり減っていく貯金と重なっていく履歴書のコピーを見つめながら、迷子になっていた。

八月、自分の仕事経験を活かせる非営利団体三社と面接をする機会がやってきた。自分の全てをぶつけて最善を祈ったが残念な結果に終わった。三社ともとても評価してくれていたのにも関わらず、自分が選ばれなかったことが何より悔しかった。政府の予算がどんどん減っていく中で、非営利団体は仕事のない優秀な人材が溢れている。いくらベストを尽くしたところで、数年の経験しかない自分が十数年も経験のある人と競争するのは厳しい。有色人種で、ゲイで、移民で、英語にアクセントがあって、カナダで大学教育を受けていないというハンディキャップを加えると絶望的である。

ここまで挫折を味わったのは久しぶりだ。もっと若い頃は失敗が当たり前だったから、そこまで深く考えずに前に進めていた。しかし、30歳になってから転ぶと昔よりずっと痛い。プライドとエゴが前より肥大化したのはもちろんだ。以前より周りがよく見えるから、その挫折の意味を分析してしまう。そして、自分の置かれた状況が怖くて、前に進めなくなってしまう。そんな中で、母も、彼氏も、周りの友達もみんな手を差し伸べてくれた。ここまで周りに助けられたのも久しぶりである。そんなサポートがあっても孤独な戦いであることには変わりなかったが、転んだ時の痛みを少し和らげてくれたのも確かである。彼らがいなかったら自分はどうなっていたのだろう。

クリスマスが近付くと絶望感も膨らんだ。この一年で既に10社以上と面接をしてきた。面接に辿り着けるだけでも大きなステップだと理解しているが、それが仕事に繋がらないことには成果だと感じられない。履歴書とカバーレターを百通以上は書いただろう。面接に招かれるために、様々な手を尽くした。周りは自分を信じてくれていたが、肝心の自分は自分自身を疑うことばかりしていた。それでも、踏ん張って前に進むしかない。次の面接はきっと違う結果になるかもしれない。そう自分に言い聞かせる。

昨日の朝、仕事のオファーがメールで届いた。信じられなくてほっぺを抓った。ずっと待ちわびていたものがこんなにあっさりしているなんて、少し拍子抜けした。母に電話して、久しぶりに喜ばしいニュースを伝えた。彼氏もホッとしただろう。今までお世話になった人たちにお礼のメールを送るだけで丸一日かかってしまった。昨晩はなかなか眠れなかった。今回はたまたまラッキーだっただけだと理解しているからだ。

この社会、自分の努力だけではなんともならないことが多すぎる。いくら努力しても報われないかもしれないというのが今年一番の教訓だろう。成功している人が勝ち誇りながらこうすれば成功できると語る自慢話を鵜呑みにしてはいけない。決してフェアではないデコボコした世界で人間らしく生きるのは大変だ。だから、これからもたくさん挫折を味わうのを覚悟して前に進みたい。自分ならきっとまた転んでも立ち上がることができるはずだ。

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2017年と共に、新しい職場で新しいキャリアを歩むことになる。その仕事についてはまた別の機会に紹介しよう。この年末はまったり休憩して2016年の傷を癒す予定だ。

ハッピー・ホリデー&ハッピー・ニューイヤー!