アーカイブ | 7月, 2012

憧れのゲイパパ。

31 7月

まだ日本にいた頃は、同棲や同性婚はまだ遥か遠くの話で。

気持ちいいセックスと楽しいデートしか見えてなかったあたし。

それなのに、何があったのか最近は子育てまで身近な話になって来た。

「ゲイやレズビアン、トランスジェンダーが子育てなんて。」

とゲイであるあたし自身だって昔はそんな風に思っていた。

家族にはお母さんと、お父さんが必要だとしっかり洗脳されたせいね。

まだ子供だった頃、同じアパートメントに住んでいた家族には養子がいて。

「養子だなんて子供が可哀想じゃない。」

とうちの母がよく言ってたから、いつか自分もそう思うようになった。

親がゲイだったら、授業参観は子供にとって苦痛になると考えなくてもわかる。

しかし、今の自分は同じようには考えていない。

子供が可哀想だなんて、そんな理由付けは通用しない。

ゲイであるその親も、ゲイを親に持つその子も、何も間違ってなんかない。

「ゲイが子供を持ったら、その子供が差別されて可哀想。」

だなんて言う人は、それと同じことを他の人に言えるのか。

「黒人が子供を持ったら、人種差別に晒されて可哀想。」

今の時代にこんなことを言えば、忽ち問題になるだろう。

レイプされた女性に、なんでそんな露出した服を着たんだと聞いたり。

虐められている子供に、みんなと同じようになれないのかと言ったり。

全然筋が通らないことが平気で常識だったりするから困るわ。

このままだとキャシーずっと説教しちゃうから、話を戻して。

この前3年以上同じ彼氏と付き合ってる友達とお茶をしたわけ。

「そういえば、この前クィア親子プログラムのコーディネーターやってるクリスさんとゆっくりお話ししたのよ!」

「あのゲイパパクラスやってる人でしょ?知ってるわ!」

とトロントにあるゲイ向けの子育てクラスの話になったわけ。

このゲイパパクラス、子育てに興味がある人から既に子持ちの人まで参加できて。

いろんな分野の人から話を聞きながら、情報交換ができちゃう場なのね。

ちなみに、この他にもレズビアンやトランスジェンダー向けクラスもあるのよ。

一緒にお茶した友達は参加したいようだったけど、いろいろ複雑らしく。

「うちの彼めっちゃ子供が欲しがってるのね。」

「でもまだ彼の親はあたしたちが付き合ってるの知らないし、この時点では何も期待を持たせたくないのよ。」

「一緒にこんなクラスに参加したら、彼の親が知らないままに子育てまで始まったら怖いもの。」

こんな感じで、ため息と共にいろいろ打ち明けてくれた。

その一方、うちの彼は子育てに一切興味がないようで。

「育てるのは犬まで!」

とその一点張り。

キャシーもそこまで子育てが現実的とは思ってないけど。

せっかくなら、もう少し可能性を検証してみたいじゃない。

「ねぇ、今度のクラス一緒に内緒で受けちゃう?」

なんてあたしはその友達を誘ってみたわけ。

「クリスさんとも仲良くなりたいしね。」

「あたし、白人のおじさんなんていつもは惹かれないけど、彼のゲイパパフェロモンには抗えないの。」

「あんた、まさか子育てじゃなくてクリスさん目当て?」

「バレた?」

そんな感じで、近いうちにゲイパパクラスに参加するかもしれないわ。

ちなみに、噂のクリスさんが気になる方はこちらへ

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LGBTQの若者にはアートが必要。

30 7月

トロントに来て4年も過ぎ、すっかりここに住み慣れたあたし。

それでもたまにトロントっていいなと改めて思うことがある。

例えば、LGBTQの若者向けのアートプログラムなんかけっこう充実しているのよ。

トロントのネタ市長のロブちゃんなんてこういうプログラムは無駄と言うけど。

あたしが見た限り、アートプログラムに救われる人はとても多い。

例えば、この前LGBTQの若者によるマガジン出版イベントに行ってきたんだけど。

荒削りな才能に溢れた彼らは、自分たちの経験を文章に、詩に、歌に変えていた。

学校でホモフォビアや人種差別によるいじめとの戦いだったり。

トロントのゲイコミュニティの中でアジア人として感じる違和感や葛藤だったり。

家族や兄弟の中で、セクシュアリティと宗教の共存に励む話だったり。

そうして生まれた彼らの作品たちをこのマガジンは収録している

多種多様な物語を秘めている若者たちの可能性を引き出すために。

このプログラムでは自由に書ける場所、技術、そしてサポートを提供している。

もちろん、このプログラム以外にも様々なものが他にあって。

演劇だったり、ダンスだったり、音楽だったり。

「高校生の頃にこんな機会に恵まれていたらな。」

とあたしはとても羨ましかったりする。

こういったプログラムを踏み台に、大きく羽ばたいた人も実は多い。

トロントで有名なローカルなLGBTQのアーティストたちの中でも。

元をたどれば、コミュニティの小さなプログラム育ちなんてよくある。

LGBTQの若者といえば、自殺率がストレートの若者より高かったり。

ホームレスになったり、いじめで学校を続けられないケースも多い。

こんな状況下で、こういったネガティブなことをバネに強く育つにはサポートが必要不可欠。

だからこそ、アートは自分のアイデンティティや歴史を学べ、様々なスキルを得られ、ネットワークも築ける有効なツールなわけ。

ただ、やっぱりこういうプログラムはボランティアだけでは運営できない。

政府や企業から支援金がないことには成り立たない。

最初に、“充実”していると書いちゃったけど。

これはあくまで日本と比べた場合の話で。

実は政府から降りるアートプログラム向けのお金は多くない。

長い目で見れば、アートって安上がりな福祉サービスなんだけど。

保守的な政府に支配されつつあるカナダで、支援金をこれ以上もらうのは難しい。

成果が目に見えにくいプログラムはすぐ切り捨てるんだもの。

社会的弱者をサポートするものを簡単に無駄とは呼んでほしくないわ。

これ以上書くと、だらだら政府の文句が続いちゃいそうだけど。

とりあえず、こういったプログラムが存在することには感謝したい。

日本でもLGBTQのためのアートプログラムが増えればいいな。

シリコン製ローションとポリウレタン製コンドームはゲイの見方。

29 7月

昨日の記事で、あたしがゆるまんじゃなかったと判明したんだけど。

さすがに、痛くて彼氏とセックスできないのも困るので。

あたしたち、いろいろ試してみたわけ。

ほら、誰も受け止められないきつまんよりは。

マザーテレサのように誰でも受け入れることができるゆるまんがいいじゃない?

そんな感じで、まずはコンドームを変えてみたの。

ラテックス製のコンドームって、摩擦がけっこう強くて。

人のよってはアレルギーがあったりして、実は合わないことも多いみたい。

ちょうど職場に新しくポリウレタン製のコンドームが届いてたこともあって。

早速それを数個持ち帰って、彼氏ともう一度あたしのゆるまん具合を検証。

友達の間でも、ポリウレタン製は中で擦れなくて安心と話題で。

実際に触り心地からもう違って、ローションまみれにすれば肌をそのままさするよう。

ちなみに、ポリウレタンは油性のローションとも併用できるので。

ラテックスのようにベビーオイルで溶けることも無いわ。

日本でも最近はいろんなブランドが出しているみたいなので、薬局でチェックよ!

話は戻って。

「じゃ、いくよ。」

と新たな聖衣をまとった彼はキャシーの小宇宙へ(ネタ古いかしら)。

「んんんん。やっぱり痛いっっっっっっっっ!」

これでなんとか思ったあたしが甘かったわ。

キャシーのきつまん具合は想像以上だったみたい。

ただし、あたしはもう1つ秘密兵器を用意してたの。

噂のシリコン製ローションよ!

というのも、あたしかなり前から「シリコンはいい!」って聞いてたの。

全然乾かないし、もう最後の最後までぬるぬるって話だったわ。

ただ、水性ローションをいつも使ってるのに。

急にシリコンをケツに流し込むのもどうかと思ったわけ。

お値段だってけっこうするし、ずっと敬遠してたの。

それでも、彼氏とのアナルセックスはプライスレスだったので。

ディーバなあたしは彼氏に頼んで買ってきてもらったわ。

そうして、さっそく試してみたあたしたち。

「どんな感じ?」

と、シリコン製ローションを塗りたくる彼に聞いてみる。

「こ、これヤバい。」

と、いつも冷静な彼が動揺しているので。

「え?マジで?触らせて!触らせて!」

と、あたしまでテンションが上がってしまったわ。

確かに、すごくぬるぬるしているし、水性のとはまったく肌触りが違う。

いざ、ポリウレタンとシリコンとダブルアタックを試してみる。

ズブっ!

ズブズブズブっ!

痛みがないわけじゃないけど、前より遥かにマシになった感じ?

昨今のセックステクノロジーは疎かにはできないと思い知ったわ。

そんなあたしだけど、実は今もこれに関しては模索中よ。

こうして着実に1cm、また1cmと毎日頑張れば。

きっといつかまたゆるまんになれると信じてる。

アナルセックスって相性もあれば、その日の調子もあるし。

前戯にかけた時間や、こういった小道具で良くなったりするから。

もしアナルセックスを痛みだけのために諦めているなら、いろいろ試してみることを勧めるわ。

ゲイゆるまん伝説の終焉。

28 7月

キャシー、ずっと自分のことゆるまんだと思ってたの。

今は昔、あたしが初めてアナルセックスに挑んだあの肌寒い午後。

「痛かったら言ってね。」

と初めてだったあたしを気遣ってくれたあの方(名前忘れたわ)。

「うん、大丈夫だよ?」

と何も痛みを感じないあたし。

「え?マジで?全部入ってるんだけど?」

と何やら動揺している彼。

「うん、もっと動いても良いよ?」

と余裕満々なあたし。

「普通少しは痛がるでしょ?」

となかなか動いてくれない彼。

「痛くないから、早く突いてちょーだい!」

とそんなロマンティックな初アナルセックスだったんだけど。

彼は最後まであたしが初めてだったとは信じてくれなかった。

それ以来、あたしは自分のことをゆるまんと呼ぶようになった。

ちなみに、とろまんはゆるまんから進化したものだと思ってるわ。

そんなこんなで、数場を踏んでいろんな経験を積んで。

今の彼と巡り会って、初めてアナルセックスまで踏み切った夜。

あたしのゆるまん伝説に幕が下りた。

「いってぇぇぇぇぇぇええええんんんんっだよっ!」

と付き合ってまだ一ヶ月も経ってなかった彼の顔にパンチするのを堪えて叫んだわ。

「え?マジで?まだ先っぽしか入ってなんだけど。」

とぽかんとした顔で続けようとする彼。

「うん、わかってるわよ!」

と真顔で涙を堪えてるあたし。

「じゃ一回抜こうか。」

と少しガッカリして、イチモツを抜こうとする彼。

「痛っっっっっっっっ!もう動かないでちょーだい!」

とそんな後味の悪い散々なアナルセックスだったわ。

この時によくよく考えてみたんだけど。

今までにアナルセックスまでした人は数えるほどしかいない。

その上、その人たちに限ってあんまりちんぽこのサイズを把握してないのよ。

ほら、アナルまでしちゃうとあたしもう咥えないから。

それを彼氏と話してたら、こんな結論に至ったわ。

「それってさ、キャシーがゆるまんなんじゃなくて、たまたま過去にアナルセックスした人たちが小さめだったからじゃないの?」

はっ!発想の逆転!?

あたし、今まで当たりくじ(?)ばかり引いてたのかしら。

しかし、実際はどうだったのかはもう知りようがないのよね。

この日を境に、あたしは自分のことをゆるまんとは呼ばなくなったわ。

初めての喧嘩はオナニーのせい。

27 7月

この前、まんしゅうきつこさのブログを友達に勧められたの。

一人で爆笑しながら読んでたら、夫婦間のオナニーについての記事があったのね。

そういえば、キャシーも最近こんなことがあったのよ。

そもそも、オナニーって個人の聖域じゃない?

いくらセックスに満足してても、オナニーは捨てられないの。

現実じゃありえない際どいセックスをコンピュータースクリーンから見ながら。

長年連れ添ったベテランな右手に任せて、思い切り自己解放をする。

こりゃ、たまらへんわぁ。

と、変なテンションになってしまったけど。

このオナニーのせいで、同棲してる彼と付き合って初めて喧嘩をしたのね。

いつもはけっこうフランクにハッキリ言い合う二人だったから。

後味の悪い喧嘩なんてしたことなんてなかったの。

引越しも終わって、一緒に生活することに慣れてきた頃。

仕事が忙しくて、なかなかセックスができなかった週があって。

晩ご飯を食べた後、シャワーから出てきたあたし。

何やら真剣な様子でパソコンを覗く彼。

「今からオナニーするから!」

と彼は宣告し、ティシューを隣に配置した。

オープンスペースの今の家で、あたしの目の前でまさか。

と、冗談を言っているのかと思って意地悪なキャシーはちょっかいを出したの。

うちのデスクには、あたしのiMacと彼のMacbookが並んで置いてあるんだけど。

マッチョな男たちが盛り合う彼のスクリーンの横で。

あたしはわざと“萎えネタ”を大画面で流しだしたのね。

最初は笑っていた彼も、しだいに険しい顔になってきて。

その間も頑張ってオナニーをしようとしてた彼に気付かなくて。

あたしは普通に隣で関係ないことをやってたわけ。

すると、急に。

バタンっ!

と隣の音に驚いて、振り返れば。

「邪魔するなんてひどい!もう寝ろ!」

と彼が席を立って、まっすぐにトイレに向かって閉じこもったの。

こんなに彼が怒るの見たこともなくて、動揺したあたし。

「本当にオナニーしてるとは思わなかったの!ごめんね!」

と言ってはみたものの。

「もう寝ろ!いいから寝ろ!」

と彼は怒りが収まらない様子。

もうなだめるのは諦めて、ベッドに入ったあたし。

約20分して、スッキリした彼もベッドに入ってきたんだけど。

お互いに背中を向けて、いつものように抱き合っては寝なかったわ。

眠れなかったあたしは、このオナニー騒動を分析してみたのね。

彼や彼女にオナニーされるのが嫌なカップルもいるみたいだけど。

あたしたちの関係の中では、お互いのオナニーは全然OK!

要はこの喧嘩はパーソナルスペースの問題となる。

オナニーをしようとしてた彼にちょっかいを出して邪魔したあたしも悪いけど。

ハッキリ「オナニーするからどっか行って」と言わなかった彼も彼じゃない。

次の朝、仲直りをしようと申し訳なさそうにキスしてきた彼だけど。

キャシーはキッパリ無視して、仕事に向かったわ。

その後、一週間はセックスはなかったとさ。

今思えば、本当に下らなかったわ。

そんなあたしたちもそこから学習して。

オナニーに限らずパーソナルスペースをもっと尊敬するようになったの。

彼がムラムラしてて、あたしが全然そんな気分じゃない時は。

そのままiPadでも持って、寝室に向かうようになったわ。

でも、そのiPadで何をしてるかはあたしの秘密よ。

 

キャシー、ゲイ書店のお兄さんになる。

26 7月

今の仕事に就いてもうすぐ3年になるんだけど。

あまりにも自分の仕事に熱中しすぎて、他のことをしてる余裕がなかったの。

そんなことじゃ、人付き合いも視野も狭くなっちゃうでしょ。

ただでさえ、月にコラム用に原稿を3つは書かないといけないし。

ネタ切れにならないように、もっといろいろ経験をしないと思ってたの。

そんなこんなで、ある日こんなことを思い立ったあたし。

「本屋のお兄さんになって、モテモテ!」

というのは半分冗談(もう半分はマジよ!)だけど。

ちょうどトロントに現存最古のゲイ書店があるし。

サイドで書くお仕事をさせてもらってるわけだから。

本屋の仕組みを学んでみてもいいなと考えたわけ。

ちなみに、そのゲイ書店とはGlad Day Bookshopのことで。

ゲイタウンから少し外れたヤングストリートでひっそりと営業している。

1970年より開業したこの本屋は、トロントのゲイムーブメントと共に歩んで来た歴史ある場所だ。

LGBTQ関連の本をここまでかというくらい網羅していて。

キャシーもAmazonより、ここで仕事に使う本をたまに買いに来る。

しかし、紙の本というメディアが生き残るには今の時代はあまりに過酷で。

ここも例に洩れず、ここ数年は閉店するかしないか紙一重の状態で運営が続いた。

今年の初めの頃、ついにこの本屋は売りに出されることとなった。

もうこの長い歴史にも幕が降りる時が来たのかと思っていたら。

「こんな大事な場所を無くすわけにはいかない。」

と、22人のコミュニティで活躍する人たちが集まってこの本屋を買い戻したの。

その多くが実際にキャシーの友人だったこともあって、とてもビックリしたわ。

そうして、この春より復興を目指して、現在進行形でみんな頑張っているわけ。

あたしも少しは力になりたくて、経営者の一人である友達に聞いてみたの。

そしたら、すんなりとボランティアが決まって。

今週より、毎週火曜日に4時から7時までお手伝いすることになったわ。

まだまだ本の知識もなければ、数年接客業もやってなかったので。

どうなるか心配だけど、自前の愛嬌で乗り切る予定よ。

あたしの密かな野望だけど。

30歳になるまでに本を一冊は出版したいと思っているの。

この夢が叶ったら、この本屋でサイン会なんてできたら素敵ね。

変態になれなかったゲイ。

24 7月

最近、ふと思ったんだけど。

彼氏と同棲して、ゲイまっしぐらなあたし。

モノガミーで、教科書通りな恋愛をしている今。

もしかしたら近い将来に同性婚なんて話まで出て来るかもしれない。

なんかうまいこと、狭い箱の中にハマったような感じ。

なんだか退屈になったし、ある意味冒険をしなくなったというか。

自分のジェンダーやセクシュアリティをクリティカルに考えなくなった。

振り返れば、カミングアウトした頃はまだ好奇心旺盛で。

自分の本当の性やアイデンティティを開拓したくて。

女子と裸で前戯してみたり。(もちろんシラフよ!)

ステージの上でチンコを晒してみたり。(これは事故だったわ!)

パーティで可愛い男の子全員とキスしたり。(よくやるわ!)

こんな感じで、もっと自由奔放で、流動的だったわ。

もちろん、周りからはいろいろと白い目で見られたのよ。

「ゲイなのに、なんで女の子と?」

「同じゲイとして、これ以上恥を晒さないでほしいわ。」

「キャシーってヤリマンで、セックスのことしか考えてない。」

とか、散々裏と表で言われたりもした。

正直そんな周りの目なんか気にしてたら、最初からゲイなんてできないし。

気にせずに、自分の直感を信じてラディカルな生き方をしていたんだけど。

いつの間にか、便利な“ゲイ”という肩書きに心が傾いてしまった。

ラディカルなクィア友達とも、すっかり疎遠になった。

トロントのダウンタウンに限って言えば。

常識的なカナダ人からすればゲイはストレートとそこまで扱いは変わらない。

ゲイでモノガミーなカップルなら尚更“フツー”と捉えられる。

要はヘテロセクシュアルに近ければ近いほど、受けいられやすいことになる。

ゲイたちは同性婚と引き換えに性の自由と多様性を失ったと言われる時代で。

ゲイでさえ、敷かれたレールを歩かされる時代もそう遠くないのかもしれない。

あたしも知らないうちに、自分のセクシュアリティを悪魔に売ったのかした。

例えば、モダンファミリーのミッチェルとキャメロンだったり。

グリーのカートとブレインだったり。

最近のメディアが描くゲイのイメージも怖いくらい健全だ。

それでもあたしにとって“本来のゲイ”っていうのはこんな健全なものじゃないの。

思春期のあたしは、ゲイとして生きるなんて考えたことも無くて。

ただただ、自分の性の衝動に素直に従うことが大事だったの。

社会の中で恥ずかしいとか、汚いとか、気持ち悪いとか、変態だと言われようと。

そんな衝動を持って生まれたなら、健全な道よりそのけもの道を追いかけたかったの。

ハッキリに言えば、変態で良かったのよね。

開放的に、あられもない姿でセックスを楽しむ人も見ると羨ましいわ。

元をたどれば、それがあたしにとっての“ゲイ”だったの。

別にこんな健全なゲイにキャシーなっちゃったことが悪いとかじゃない。

今の彼とこうしてフツーに生活できるのは、とても贅沢なことだと思っているし。

できれば、これがこれからもっと長く続いてほしいとも願っている。

しかし、この今のライフスタイルと自分のセクシュアリティはまた違うものだ。

どこかで読んだかは忘れてしまったけど、誰かがこう書いていた。

「同性婚して家庭を築くゲイと、ハッテン場でセックスに溺れるゲイは、まったく別の生き物である。」

自分も本来はハッテン場でセックスに溺れている方の生き物なのかもしれない。

問題は、あたしが今のライフスタイルを選んだのは。

それが社会的の中で受けいられやすいからなのか。

それとも自分が本当にそれを望んだからなのか。

それか、ただ考えるのを放棄したから便利な方へと流れたのかもしれない。

正直、自分でもよくわからないし。

そもそも、そんなに白黒のない話かのかもしれない。

健全な甘い蜜を舐めてしまっても、まだ変態に戻れなるかしら。