あたしが日本に滞在していた五月半ば、トロントのゲイ友達の間ではサル痘パニックが起きていた。あたしたちも良く行くWoody’sというゲイバーで、サル痘ウイルス感染者との接触の可能性があったと公衆衛生局が公表したからだ。

新型コロナウイルスもまだ収まっていないのに、よりによってサル痘?脚本が適当すぎる昼ドラのような展開にしか聞こえないんだけど?というか、サル痘って何?というのがあたしの最初の反応であった。
厚生労働省によれば、サル痘とはサル痘ウイルス(Monkeypox virus)による急性発疹性疾患で、症状は発熱、不快感、頭痛、背部痛、発疹などが一般的。ウイルスは飛沫や体液、またはそれらに汚染された衣類、寝具などを介して感染する。サル痘は性感染症とは呼ばれていないが、CDCでは性的行為による感染にも触れている。オーラルセックスや挿入行為はもちろん、マッサージなどのスキンシップやおもちゃの共有でウイルスが感染することもある。つまり、人が密集するクラブやバー、ハッテン場などのスペースはリスクが高い。
サル痘ウイルスに感染するのは不安だが、それに伴う差別や偏見も恐ろしい。カナダの場合、サル痘ウイルス感染者の多くがゲイ、バイ、男性と性行為をする男性である。それによって、HIV・エイズのときのような悲惨な歴史が繰り返されるのではないかと心配している人も多い。例えば、サル痘がゲイコミュニティで広がることで同性愛差別が正当化されたり、同性愛コミュニティがまたスケープゴートにされてしまう。また、そうした差別や偏見によって、サル痘への対策が疎かになり、事態が手遅れになるまで放置される危険性だってある。
三年ぶりのプライドを控えているトロントでは、規制が緩くなった今、クラブやバー、ハッテン場が賑わいを取り戻している。プライドにかけて大規模なパーティも多く開催される。こんな状況で、サル痘を放置したら大変なことになってしまう。そう思っていた矢先、トロントのハッテン場でサル痘予防向けに天然痘ワクチンの提供が今週から始まった。特にハッテン場でシーツやタオルを扱うスタッフの方はリスクも高いので、彼らにワクチンが優先された。同時に、LGBTコミュニティセンターやその他の場所も臨時クリニックとなってワクチンを提供する。
コミュニティ団体、政府、企業がここまで迅速に連携を取れたのは、HIV予防啓発で培った長年の実績がトロントにあったからだろう。キャシーがトロントで最初に就いた仕事はHIV予防啓発のアウトリーチで、ハッテン場内のクリニックスペースでコンドームを配ったり、ピアカウンセリングなどを提供していた。もう10年近く前のことだが、同じスペースで今は天然痘のワクチンが提供されていると思うと不思議な気分になる。40年以上前に起きた警察によるハッテン場摘発はトロントのプライドの原点ともなっている。このコミュニティにとって、今も昔もハッテン場は大切な場所なのだ。
プライドを来週に控えた今週末のトロントはちょっとした天然痘ワクチン接種祭状態である。ワクチンを提供しているクリニックには長蛇の列ができて、数時間待ちでやっとワクチンにありつけたと友達が教えてくれた。まだ新型コロナウイルスで隔離中のあたしは、お祭りに参加できずに家で指を咥えている。
「あたしも中に入れて欲しい!(ワクチンを…)」

「キャシー、どうせプライド中何もしないんだからサル痘に関しては低リスクよ」
文句を垂れるあたしに、周りの友達は図星な暴言を平気で吐く。確かに、最近は「もう若くないから」を言い訳に、パーティやハッテンから疎遠になっていた。
でも失礼ね!今年こそは弾けようと思ってたわよ!