Archive | 10月, 2012

LGBTの学生が身を守る術はあるのか。

21 10月

10月19日はスピリットデイだったわね!

あたしもパープルに身を包んで、トロントの街を優雅に歩いたわよ!

このイベントは比較的新しく、2010年よりスタートした。

その年といえば、いじめを理由に自殺するゲイの若者が大きな問題として注目され。

このスピリットデイも、「It Gets Better」の運動と同じ流れを汲みながら。

LGBTを理由としたイジメを無くすためにできたらしいわ。

Facebookだったり、Twitterだったり、Instagramだったり。

いわゆる流行のソーシャルメディアを使ったネット上のアクティビズムで。

みんなでパープルのものを身につけたり、プロフィール写真を紫に変えたりして。

ネット上をハープル一色に染めて、多くの人にこの問題を知らせる日である。

LGBTの若者をターゲットにしたイジメ問題は2010年から始まった問題でもないし。

まだまだ問題は山積みだから、こうした運動は大切よね。

たまにトロントの高校に出かけて、性教育の授業をしたりもするけど。

一度、担当した高校一年生のクラスでこんなことがあった。

まだ自己紹介も終えてないのに、ある生徒がこう怒鳴った。

「てめぇ、ゲイなの?」

もちろん、そんな質問に答える義理はないので、シカトする。

「もしおまえがゲイだったら、こんな授業聞いてられねぇよ。」

いつまでもしつこく喚くので、この生徒に面と向かって言ったの。

「ええ、ゲイだけど、何か問題でもあるの?」

あたしが堂々と返したのにビックリし、一度は怯んで黙って授業を聞いてた彼だが。

しばらくすると、すぐにまたぶつぶつ文句を言い出した。

「マジ最悪だよ。」

「なんでゲイから性教育を教わらなきゃいけないんだよ。」

あたしだって、学生時代にノンケから間違いだらけの性教育を教わったけど?

思いっきり怒鳴ろうかと思いつつ、冷静を取り戻して授業を続けるあたし。

ただ、そんな彼の言葉にあたしはなかなか授業に集中ができないし。

それにつられて、クラス全体までざわざわとうるさくなっていった。

もしあたしがこのクラスの生徒の一人だったら、きっと教室のどこかで静かに怯えていたかもしれない。

そんなことが頭の中を過って、クラスを中断したあたし。

「気持ち悪いから、近くに来んなよ!」

と思いきり怒鳴るその生徒の目の前まで行って。

「言いたいことがあるなら今言えよ。」

と、彼の怒りと対峙することにしたわけ。

向こうの目を真剣に見ながら、ゆっくり話を聞いてみると。

彼はほんの数年前に家族でカナダに移住して来たようで。

実際にゲイの人と話したのはこれが初めてらしい。

同じ目線になって、世間話も交えながら会話を重ねて行くと。

向こうもだんだんと怒りが収まったのか。

「なんで人ってゲイになるの?」

「いつからゲイだってわかったの?」

とか、あたしのことにも興味を持ってくれた。

おかげで、あたしの性教育のクラスは学級崩壊並にひどい授業になって。

ほとんどの生徒はコンドームだけもらって授業を後にしたわけだけど。

それでも、このホモフォビックな生徒と話ができて良かったと思うの。

多様な宗教や文化、価値観が入り交じるトロントの学校はある意味カオスでもある。

こんなクラスルームを前にして、毎日教える勇気なんかあたしにはないし。

正直、ゲイとしてこっちの高校に通わなくて済んで、ホッとした部分もある。

あたし、イジメのターゲットにされる確立100%だもん。

だからこそ、こうしてもっとこういう会話が学校の中に必要なわけよ。

高校という閉鎖的な場所で、LGBTの学生はどうやって身を守るのかしらね。

もしかしたら、あたしに楯突いた生徒はクローゼットの中にいたのかもしれない。

その反動で、余計にホモフォビックな態度を取っていたとも考えられる。

いじめられたくないから、いじめる側に回る人もたくさんいるけど。

彼もそうやって自分の身を守ってたのかしら。

みんなそれぞれ感じ方が違う理由。

20 10月

人の感じ方って、本当に全然違うじゃない。

同じゲイでも、同じ日本人でも、同じように感じることはない。

それでも、感じ方を押し付ける人って凄く多いわけで。

「普通に結婚して、子供を持てば幸せになれるのに。」

そんなことを母に言われた時、とても説明に困ったのを覚えている。

それで先日、あるボランティアとワークショップのアイデアを考えていた時に。

彼が人の感じ方の違いを簡単に説明できる方法を教えてくれた。

それがなかなか奥が深くて、ぜひブログに紹介したくてウズウズしてたの。

というわけで、彼氏に写真を撮ってもらったので。

わかりやすく説明しちゃうわよ。

まず、適当な紙を用意する。

それから、その紙を自分のアイデンティティで埋める。

例えば、自分の名前だったり、自分の人種だったり。

自分を説明する時に、自分や他人が使う言葉だったり。

セクシュアリティだったり、ジェンダーだったり。

ポジティブなことだったり、ネガティブなことだったり。

精神的なことだったり、肉体的なことだったり。

過去のことだったり、今日のことだったり。

思いつくだけ、ひたすらその紙に書く。

もう書くことが思い浮かばなくなったら。

ペンを置いて、その紙を扇の形になるように折る。

折り紙が苦手なあたしでも、これくらいは朝フェラ前よ。

その紙が扇のように折れたら、適当な場所を開ける。

あたしの場合、この“ゲイ”という部分に当たったんだけど。

今度はそのゲイというアイデンティティを指で押すと、扇が自然と広がる。

ほら、こんなにたくさん他のアイデンティティが顔を出した。

「え?キャシーは何が言いたいの?」

とか思ってる方もいると思うので、少し解説。

あたしのアイデンティティたちが並んだこの紙って。

きっと世界に一つしかないと自信を持って言えるわけよ。

同じゲイの人でも、その他のアイデンティティがすべて重なることはない。

ある意味、社会の中のあたしの遺伝子のようなものよ。

それを折って、一つのアイデンティティを指で押さえたとき。

扇のように紙が広がって、他のアイデンティティたちが浮かび上がるわけ。

つまり、あたしが“ゲイ”として何かを感じているとき。

その他のアイデンティティも一緒になって、あたしに影響を与えるわけ。

だから、あたしの感じ方は、同じゲイである他の誰かとも違って来る。

誰一人として、まったく同じように何かを感じることはないのよ。

シンプルだけど、奥深くない?

自分らしさを失いそうになったら、ぜひ試してみて。

何か新しいものが見えて来るかもしれないわよ。