アーカイブ | 4月, 2017

トロント・インターナショナル・ポルノ・フェスティバルに行ってきた

22 4月

「トロント・インターナショナル・ポルノ・フェスティバルに行かない?」

とても急な誘いだったが、アダルトビデオで育った自分には断れるはずもなく、気付いた時には映画館でポップコーンを食べながらビッグスクリーンでポルノ鑑賞を楽しんでいた。

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トロント・インターナショナル・ポルノ・フェスティバル(Toronto International Porn Festival)は、2006年から毎年トロントで開催されてきたフェミニスト・ポルノ・アワードから発展したイベントである。メインストリームなアダルドビデオ業界ではなかなか見られない多様性に富んだオルタナティブなポルノを祝福し、そうした作品を製作する人たちを支えるイベントである。

正直なところ、どんなポルノが上映されるのか予想もできなかったが、期待した以上に素敵なイベントだった。この『Having My Cake』という作品では美味しそうなフレンチペストリーと共にクィアでクリーミィなセックスを楽しんでいて、カラフルなセットとレトロな音楽にうっとりしてしまった。また、『50 Shades of A Tranny』はトランスジェンダー女性とトランスジェンダー男性のストレートカップルのセックスを収録した作品はジェンダーやセクシュアリティの既成概念に挑戦していてとても興味深かった。

そんな作品たちの中でも、一番のハイライトは『Etage X』である。故障したエレベーターの中に閉じ込められた年上の女性二人は、衝動を抑えられずに過激なプレイに手を出してしまう。ポルノというよりショートフィルムに近い作品だが、セクシュアルなエナジーを上手に捉えていて、最後の最後までドキドキして見てしまった。

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こうしてポルノを鑑賞するのは自分にとっても初めての経験である。他の観客と一緒に感じて、笑って、歓声を上げるのはとても楽しかった。思春期の頃からポルノはオナニーするために消費するもので、こうやって映像作品として観察する機会なんてなかった。何より、こうしてフェミニズムや反差別なテーマが反映されたポルノに触れる機会さえなかった。このイベントに参加して、実に多種多様なポルノを見て、自分のポルノとの向き合い方を改めて考えることができた。それだけでも価値ある経験である。

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トロント・インターナショナル・ポルノ・フェスティバル、来年も楽しみだ。

映画の中の人種問題?実写版・攻殻機動隊『ゴースト・イン・ザ・シェル』と『ゲット・アウト』

16 4月

黒人コミュニティにスポットライトを当て、さらに同性愛をテーマにしている低予算映画『ムーンライト』が、アカデミー賞で作品賞最有力候補だと思われていた『ラ・ラ・ランド』を退けてアカデミー賞作品賞を獲得した。2006年のゲイカウボーイ映画『ブロークバック・マウンテン』がアカデミー賞作品賞を獲得できなかったのがもう11年前であるというから驚きだ。そう考えると、この11年でいろんなことが変わったように思える。

そんな『ムーンライト』の横で、『ゴースト・イン・ザ・シェル』は白い目で見られている。世界的にカルト的な人気を誇る1995年の日本のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のハリウッド実写版である本作は既に失敗作の烙印が押されている。

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映画自体がそもそも面白くないという評価以上に、『ゴースト・イン・ザ・シェル』はホワイト・ウォッシュだと指摘されてネガティブなイメージが一気に広がってしまった。ホワイト・ウォッシュというのは、現代のニューヨークを舞台にした映画なのに白人のキャラクターしか登場しなかったり、原作では有色人種であったキャラクターなのに白人に書き換えられてしまう行為を指す。スカーレット・ヨハンソンが草薙素子を演じると発表されてから、ホワイト・ウォッシュ問題に関する議論が一気に盛り上がり、本作の商業的失敗に繋がった原因の一つになったと考えられている。

白人俳優が日本人のキャラクターを演じること自体に問題はないと考える人は多い。しかし、こうした問題を分析するには歴史や社会背景を考える必要がある。有色人種のキャラクターはハリウッドで侮辱されてきた歴史がある上に、北米では今でも有色人種をメディアで目にする機会が少ない。アジア人や黒人のキャラクターはステレオタイプのままだったり、ホラー映画で真っ先に殺されたりする。

こうしたメディアはただの娯楽だからと軽視はできない。ホワイト・ウォッシュは見えにくい人種差別の一種である。自分自身と同じ人種をメディアで見ないことで、子供の自尊心の発育にも悪影響が出るとも言われている。そして、映画の中の黒人がいつも危険なギャングとして登場すれば、そのイメージが定着して、実際に「黒人=暴力的で危険」という潜在意識を植え付けかねない。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』のホワイト・ウォッシュ問題をもっと悪化させたのが、原作を手がけた押井守がスカーレット・ヨハンソンが演じる草薙素子に太鼓判を押したというニュースである。押井守や他の日本人が問題ないと言っているのに、どうしてホワイト・ウォッシュだと騒ぐ必要があるのかという批判の声が登場し、火に油を注ぐことになった。しかし、この問題はスカーレット・ヨハンソンの演技の問題でもないし、押井守の個人的な見解で解決できる問題でもない。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』はハリウッドがずっと抱えている人種問題の一角である。たまたま運悪くスポットライトが当たっただけで、『ゴースト・イン・ザ・シェル』自体の問題よりも、それが体現するもっと大きな社会問題を見ていく必要がある。そして、北米のアジア系コミュニティが最も影響を受ける問題であるにも関わらず、日本にいる日本人の声で正当化したところで火が消えるわけではない。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』とは対照的に、今の北米の人種問題をとことん風刺したスリラーホラー映画『ゲット・アウト』は大ヒット中である。

『ローズマリーの赤ちゃん』や『ステップフォードの妻たち』といったホラー映画をオマージュした本作は、まさに今の北米のパロディである。映画として面白い上に、上手に人種問題が盛り込んであって、トランプ政権で揺れる今のアメリカにふさわしい作品である。これがここまで大ヒットしているのも、ここ数年の社会背景があるからなのだろう。この映画が日本や中国で公開されて、どのように受け止められるのかとても楽しみである。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』が商業的に失敗し、『ムーンライト』や『ゲットアウト』といった作品が成功したことで、これからのハリウッドにも変化が現れると願いたい。白人を主役に据えないと映画は商業的に成功しないという言い訳はもう通用しない。

オールジェンダー・ハッテン場ナイトに行ってきた

10 4月

トロントのオールジェンダー・ハッテン場ナイトにずっと行ってみたかった。男性向けのハッテン場にはあんまり興味を持てずにいたが、オールジェンダーならまた違う雰囲気が楽しめそうだったからだ。イベントのイメージデザインも、いかにもセックスを素直に楽しむ人が集いそうな感じである。

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日曜日の夕方、チャーチストリートのバーで友達とビールを飲んだ後、オアシス・アクアラウンジに足を踏み入れた。この建物はクラブ・トロントという歴史あるハッテン場だったが、数年前にストレート向けの高級セックスクラブに生まれ変わった。屋外温水プールやジャグジーもあって、男性向けのハッテン場と比べて設備も充実している。

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ここで毎月開催されるオールジェンダー・ナイトは世界でも珍しいイベントである。トランスジェンダーも、ストレートも、ゲイも、レズビアンも、バイセクシュアルも、パンセクシュアルも、ジェンダークィアも、同じ空間で同じ空気をシェアして性的な生き物として交わることができる。イメージ的には映画『ショートバス』に登場する同名のサロンに近いのかもしれない。10年前、この映画を見てからずっとそんな場所で遊んでみたいと思っていた。いよいよドリーム・カム・トゥルーなるか。

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腰にタオルを巻いて、まずは体を温めようとサウナのドアを開けると若い男女のカップルがパコンパコン挿入を楽しんでいる。

「階段とトイレ以外の場所ならどこでやってもOKよ!」

受付のスタッフがそう教えてくれたが、まさかいきなりセックスをしている人たちと遭遇するとは思っていなかった。生で男女のカップルのセックスを見るのは下手したらこれが初めてかもしれない。動揺してどうすればいいかわからない。

何事もなかったかのようにサウナのドアを閉じてジャグジーに移動すればいいものの、あまりの衝撃に混乱してサウナの中に入ってしまった。すぐ隣で喘ぐ二人のことを頭の中でシャットアウトして、目を瞑ってサウナの熱気を吸い込んだ。

「2秒だけ我慢して…気持ちいいから。」

「うん。あっ…」

「ほら、言った通りでしょ。気持ちよかった?」

そんな会話が聞こえて気になって仕方がない。2秒で気持ちよくなれるテクニックって何なのだ。図々しく会話に割り込んで聞いたら失礼だろうか。そんなことを考えながら、超楽しそうなカップルの生々しいセックスを最後まで耳で堪能した。

オールジェンダーだと誰がどんなアイデンティティなのかも簡単に推測できない。ジャグジーで横に座っているアジア系のイケメン君と目が何回も合うから、もしかしたら脈ありなのかもしれないと次の手を考えていると、彼は向こう側に座っている女性とキスを始めた。別に女性とキスしたから彼がストレートだということではないが、慣れない光景に少し驚いてしまった。こんなミックススペースでどうやって他の男性にアプローチすればいいのだろう。ゲイバブルの中で暮らしている自分にとっては未知の領域である。

青空が星空に変わった頃、屋外プールは満員になっていた。周りを見渡すと本当にいろんな人たちがいる。ハイヒールが素敵な女王様とギラギラなドラァグクイーンが世間話をする横で、ポリアモリーのゲイカップルが他の男性たちとキスを楽しんでいる。ラウンジエリアでは過激なSMプレイに励む人たちもいれば、まったり添い寝している人たちもいる。とても自由で、セックスポジティブで、リラックスした空気が漂う中で、たくさん笑顔を見かけた。こんな不思議なイベントは初めてだ。今までに行ったどのハッテン場にも似ていない。

時計を見ると10時過ぎになっていた。次の日は仕事なのでそろそろ帰る時間である。入場料$20も払って何もしないで帰るのは勿体無いが、予想外に満足していた。遊ぶ相手を見つけられずにジャグジーに入り過ぎて指がシワシワである。それでも、次の機会があればまたぜひ参加したい。今度こそ、勇気を出してあのアジア系のイケメン君にアプローチできるかもしれない。

「みんなちがって みんないい」で話を終わらせてはいけない

9 4月

ケンダル・ジェンナーが出演するペプシの最新CMが大炎上し、放送中止となった。どんなCMかといえば、写真撮影で忙しいケンダル・ジェンナーが繁華街を賑わすデモ行進にインスパイアされて、仕事を放棄してデモ行進に参加し、デモ行進を睨みつける警察にペプシブランドのコーラを手渡して、それを飲んだ警察官が笑顔になって一気にみんなパーティムードで大騒ぎ。そんな一見ポジティブなCMはどうしてこんなに批判されているのだろうか。

このCMはきっと政治的に敏感な今時の若者をターゲットしようとしたのだろう。今の北米で問題になっている警察による黒人コミュニティへの暴力行為やイスラム系移民に対する入国拒否などの深刻な課題と、それに対して立ち上がる数々のデモ行進を反映させようとしたものの、あまりに的外れな内容になってしまった。CMの制作を担当した人たちの知識やリサーチが足りなかったのか、このCMに登場するデモ行進は現実離れしててストリートパーティにしか見えない。その上に、逮捕されたり命を落としかねないデモ行進を炭酸飲料を売るために美化するのも不快である。そんなツッコミどころ満載なCMだが、この記事ではそのCMが掲げるメッセージに注目したい。

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「多様な私たちだって(ペプシのコーラが好きという)共通点があって、それを通して繋がれば人間として共に違いを乗り越えられる!」

ペプシが意図したメッセージはきっとこんなところだろう。このメッセージだけに関して言えば特に問題はないかのように見える。ダイバーシティや多文化共生を想像した時に、肌の色や服装が違う人たちが手を繋いで仲良くしている絵をイメージする人は多い。教科書やメディアでもそんな素敵な描写がよく使われる。しかし、残念ながらこの世界はそんなにシンプルではない。こんな人生バラ色のCMが流れている側で、黒人が警察から射殺されて、イスラム教徒が入国拒否で家族から引き離されて、トランスジェンダーの高校生がいじめられて自殺している。現実のデモ行進に参加している黒人が警察にアプローチしてペプシのコーラを手渡せば、何が起こるのかは言うまでもない。社会背景を無視して安易にこんなCMを流せば、実際の問題解決の邪魔にもなりかねない。綺麗事とはまさにこんなCMを指す言葉である。

こうやって表面的なダイバーシティを促進しても、この社会が抱える人種問題やその他の差別の解決に結びつくとは限らない。本当に厄介な差別や偏見は、社会を動かす歯車の中に組み込まれていて見えにくい。だから、差別自体に気付かない人がたくさんいる。差別的な言葉が使われなくなったり、肌の色で使えるトイレが決められてなかったり、同性婚が認められたりしたところで、それで差別がなくなったわけではない。人種差別や性差別は根強く現代社会に生きる人たちを影響している。グーグルは2014年に社員のデータを公表し、多様性が欠如している白人男性中心の現状を改善すると宣言した。2014年以前からもダイバーシティ戦略を促進していたグーグルでさえ、女性や有色人種の地位向上に苦戦しているのだ。

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綺麗事ばかり並べて何か成し遂げられたと気持ちよくなるだけなら誰だってできる。それで社会が変わるならもうとっくに変わっているだろう。ダイバーシティは綺麗事ではなくて、汚れ仕事である。社会問題に目を向けて、自分がそれに加担していると自覚して、反差別の姿勢を取るのは気持ちのいいプロセスではない。だから、ネガティブな感情を避けるために目を背ける人も多い。問題解決に取り組むよりも、「人間はみんな平等」とか「みんなちがって みんないい」という気持ちのいい言葉の方が魅力的なのだろう。しかし、実際に差別に直面している人たちにとって、そんな言葉は傷口に塩を塗るように聞こえてしまう。

いつか、「みんなちがって みんないい」という言葉が似合う世界が訪れるだろう。ただ、それまではこの言葉で止まってはいけない。この言葉で実際に苦しんでいる人たちの存在を片付けてはいけない。