平和な火曜日、うちのパートナーが深刻な顔で近付いてきた。
「オーラル・ガナリアになった」
え?
オーラル・ガナリア?
まさかのオラガナ!(咽頭淋病のことよ)
淋病自体はよくある性感染症だが、オーラルで感染するのは珍しい。昔、同僚が数ヶ月原因不明の喉の痛みに悩まされて、検査したら咽頭淋病だったことがある。てっきりカナダの長い冬で喉が乾燥していたのかと思っていた。うちのパートナーの場合、症状はなかったが、定期的な検査で引っかかった。治療すれば一週間ほどで治るから良かった。
って、全然良くないわよ!
あたし、金曜日に(他の男と)大事なデートを控えてるのよ!
トロントから車で数時間の距離に暮らす若い男の子と最近やり取りしている。数回ゲイバーでビール片手に下らない話で盛り上がっただけで、まだ唇も触れていない異常事態。
「今度会ったらキスしよう」
そんなラブコメぶった約束をして、金曜日の夜に二人きりで会うことになった。一気に距離を縮めるチャンスを逃したくないが、相手を淋病のリスクに晒すわけにはいかない。それでも、性感染症の検査は時間がかかるし、金曜日のデートまでに結果を得るのは難しい。
「ごめん、うちのパートナーがオラガナになったから、検査で陰性だとわかるまでキスできない」
それでも遊ぼうと言ってくれる男の子。ちょっと惚れなおす。
本気になって、解決策を探すあたし。友達に相談すると、HQ Torontoに行ってみればと勧められた。パンデミック中にオープンしたばかりのゲイ・バイ・クィア男性向けのヘルスクリニックだ。噂には聞いていたが、まだ足を運んだことはなかった。性感染症の検査はもちろん、ちょっと見学もしたい。水曜日、仕事帰りに寄ってみることにした。

ベイとカレッジの交差点にあるビルだからアクセスがいい。中に入ってみると、あまりにオシャレな空間にビックリ。壁にかかってるアートも、待合室の椅子も、全部お金かかってる。スタッフの方もフレンドリー。何か欠点がないか周りを見渡す暇もなく、検査用の個室に案内された。
狭い個室の中で、ビデオを参考にしながらサンプルを採取するあたし。尿サンプルは楽勝。水流のコントロールは得意よ。しかし、問題は綿棒だった。太い綿棒で喉の中のサンプルを採取した後、同じサイズの綿棒をアナルに突っ込む。乾燥してガサついた綿棒の感触は非常に不快。それでも我慢してキュッキュッと中で回転させる。屈辱的だ。
血液も採取してもらった後、全てのサンプルを提出すれば帰宅できる。到着してから一時間も経っていない。次回からは手続きも必要なしだから、もっとスピーディに検査ができるらしい。結果は24時間以内にスマホに送信される。もちろん、検査も治療も全て無料である。
木曜日の午後、検査結果が届いた。本当に24時間以内!全て陰性!良かった!これでキスできる!テンションは最高潮に達していた。

金曜日のデート、なかなかキスしようという空気にならない二人。別にキスが恥ずかしいとかそういうわけではない。お互い、オープンリレーションシップを満喫しているし、やりたいことはやっちゃうタイプだ。きっと、こうして近くに座って会話している時間の方が楽しかったのだろう。こんなことなら、焦って検査して損した!(そんなことはない)
「約束通り、キスする?」
別れ際、ちょっと頬を赤くなるようなセリフを吐いてみる。それを合図に、相手の顔が近付いてくる。しかし、ちょっと計算が狂った。可愛いアイドル的な「ちゅっ!」をイメージしていたあたしを他所に、向こうは舌入りのディープなキスで攻めてきた。路線変更をする間もなく、唇と唇は衝突。事故である。こんな酷いキスをしたのは生まれて初めてかもしれない。
パンデミック中ずっと自粛していたから、感覚が錆びているのだろう。
あ、うちのパートナーは無事に完治したみたい。結果オーライね。そういうことにさせて。
ちなみに、あのまめたさんとこんなイベントをやります。きっと面白い話になるので、ぜひ参加してください。詳細はこちら。

遠藤まめたさんをホストに、世界のフェミニズム・LGBT運動について識者にお話を伺う定期イベント「世界のフェミニズム・LGBT運動」。第四回はキャシーさんをお招きして、カナダのフェミニズム・LGBT運動についてお話を伺います。
カナダが「LGBTフレンドリー」な国であることは、おそらく多くの方がご存知だと思います。1996年には、カナダ人権憲章が改正され、性的指向を根拠にした差別が禁止されました。また2005年にカナダ全土で同性婚が認められています。さらに2017年には、ジェンダーアイデンティティやジェンダー表現も差別禁止項目に追加されました。
キャシーさんには、イベント前半で、80年代、90年代のLGBTQ運動の始まりから現在までの運動の流れ、さらにいまLGBTQコミュニティや社会運動が弱体化している問題や背景についてお話いただきます。
後半は遠藤まめたさんとともに、日本の現状も踏まえたディスカッションを行います。理想と現実、若い世代の人たちとの距離感など、運動に長くかかわってきたお二人だからこそお話いただける内容になるはず。イベントは参加者のみなさまのコメントも参考に進めていく予定です。ぜひご参加ください!