年齢と共に友達が減って、新しい友達もなかなか増えない。
それはストレートの人たちのお悩みだと勝手に思っていた(ごめんなさい)が、ゲイコミュニティにも当てはまるかもしれないと最近身に染みている。数年前から、よく遊んでいる友達が限られてきたのに気付いた。昔はよく顔を合わせていた知り合いと最後に会ったのが三年前なんてことも増えた。20代の頃の自分の日常と今を比べても仕方がないし、あの頃がちょっと異常だったのだろう。
トロントという新しい街でゲイ友達をいっぱい作ろうという野望を胸に、当時の自分は仲良くしてくれる人みんなと友達になろうとしていた。平日も週末も様々なイベントに参加し、週に20人ほど知り合いが増えるハイペース。そんなソーシャル・バタフライ呼ばわりされていた状態を維持できるわけもなく、しだいに勢いも落ち着いて、新しい出会いよりも親しい友人との時間を大切にするようになった。仕事も忙しい上に、大学院もあって、パートナーと愛犬との時間も確保しなきゃいけない今、友達と過ごせる時間もかなり減ってきた。
トロントという場所は先住民から「集まる場所」と呼ばれていただけあって、人の行き来が激しい。気が付けば、せっかく親しくなった友達が他の都市や国へと引越ししてしまって、トロントの友達の輪が随分と小さくなった。もちろん、それが悪いということではない。セックスも食べ物も友達も、量より質である。今でも、頼れる友達が身近にいるのは本当にありがたい。それでも、どう友達を作るのかを忘れてしまうのは嫌。だから、そんな残り少ない友達と一緒に、友達の輪を広げよう大作戦をパンデミックが始まる一年前に実践した。
作戦、その1:勝手に友達になれないと決め付けない
年齢を重ねて身に付けた悪い癖が、第一印象で「こいつとは友達になれない」と決め付けてしまうことである。別にその人が苦手とかいうわけではなく、過去の経験から仲良くなれないだろうとあきらめてしまうのだ。新しく友達を作るつもりなら、まずはそんな考え方を無くす必要がある。今まで友達になったことないタイプの人でも、とりあえず心を開いて、自分と相手にチャンスをあげてみる。そうアドバイスされて、新しく知り合った年下のゲイの男の子の誘いに乗って、ゲイバーで彼の友達の輪に参加してみた。
いつもなら常連顔の自分も今回ばかりはフレッシュミート。一気に10人近く見知らぬゲイを紹介されて、頭の中はパンク状態。しかもみんな若いし、オサレ。「やっぱり、こんなの無理だよ」と作戦仲間の友達にメッセージしつつ、目立たないように端っこでビールをすするあたし。久々のゲイバーでいろんな意味でビビっていた。それではダメだとわかっているから、自分から一歩前に出て、馴染みのない会話に耳を傾けて、自分を挟むことから始めた。
作戦、その2:とりあえず顔を出す
そんなゲイバーでの洗礼の後、「また遊ぼう」と声をかけてくれる人が数人いて、連絡先も交換した。最近は「忙しい」が口癖になって、友達に誘われても断ることが多くなっていたが、せっかくの出会いを無駄にはできない。積極的に参加できるように自分のスケジュールを調節した。頻繁には遊べなくても、仕事帰りにゲイバーに寄ってみんなでドラァグレースを見たり、週末のパーティにはワインと美味しいデザートを持っていくことはできる。そうやって集まりに顔を出す機会が増えれば顔も広くなって、ゲイバーでいつも目が合う人とトイレで打ち解けることもある。
そうしているうちに、社交的な自分を少し取り戻し、たまにブランチも主催するようになった。美味しい料理を用意して、新しく知り合った友達と付き合いの長い友達を誘って、みんなで朝からワインを飲みながら馬鹿騒ぎ。そうやって楽しい思い出が増えれば増えるほど、人は仲良くなる。気が付けば、自分の周りには「友達になれそうにない」と決め付けていた人で溢れていた。
作戦、その3:友情を育むクオリティ・タイムを確保する
友達と親しくなるのが目的なら、集団で仲良くするだけではなく、一対一の関係も育む必要がある。楽しい時間を共有してくれる人を見つけるのは容易いが、辛い時間を共有してくれる人は限られてくる。だから、どん底に沈んでいる時にお互いを支えられる友情を築くのが、個人的な目標でもある。もっと仲良くなれそうな人がいたら、一緒にコーヒーに行ったり、ご飯に行ったりして、共有の時間を重ねて関係を深めるようにしている。
いつもパーティでしか遊んだことがなかった友達と初めて一対一でご飯を食べに行ったら、普段の姿からは想像できなかったようなことをたくさん共有してくれた。カミングアウトした頃の話、両親や兄弟との関係、キャリアアップのゴールだけではなく、実はこうして一対一でご飯を食べに行くような友達があまりいないことまで打ち明けてくれた。自分の同じように、最近ハマっていることから、数年間悩んでいることまで赤裸々に話した。こうして自分の弱い部分を相手に曝け出すのは、実はとても大事なプロセスなのかもしれない。
こんなに上手くいっていた友達の輪を広げよう大作戦だけど、昨年からのパンデミックで中断せざるを得なかった。せっかく築いた友情もこれで泡になってしまうという心配をよそに、ロックダウンでなかなか顔を合わせることができない今でも頻繁に連絡を取っている。そして、またみんなで馬鹿騒ぎできる日を夢見ている。

パンデミックが収まったら、みんなでまたヌードビーチに行きたいわ。