キャシーの日々ハッテンは、トロントの日本語情報誌『Bits』(ビッツマガジン)で2011年から2017年まで連載されていたコラムです。
キャシーの日々ハッテン(コラム連載アーカイブ)
Day.100 クローゼットの中身も、人間も、変わっていく
夏も終わりに近づいて、しばらく放置していたクローゼットを整理することにした。奥を漁れば漁るほど、タイムカプセルのように着なくなった服がどんどん出てくる。「なんでこんなシャツ買ったんだろう」と、いつか恋に落ちたデザインを今はとても遠く感じる。もう着ることはないだろう。実感はまるでなかったが、たった数年で自分の好みは驚くほど変わっていたみたいだ。後で寄付しようとそのシャツをたたんでいると、もう変わることはできないと諦めている人のことを思い出した。
保守的な家庭で育ったその人は、ゲイであることは罪で恥さらしだという教えと共に生きてきた。その過去に縛られて、今でもそこから動けずにいる。自分がゲイだということも受け止められないし、今更その教えに沿って生きることもできない。そうやって同じように過去の自分から動けない人たちとたくさん出会ってきた。自分の子供がゲイだとわかってもそれを信じようとしない人。過去の失恋を引きずって心を開けない人。いつか輝いていた自分が忘れられなくて、今の自分を好きになれない人。理由は人それぞれかもしれないが、落とし穴にはまって動けなくなった経験は誰にでもあるだろう。「人間は変わらない」と信じる人もいるが、それには同意できない。見た目はさほど変わらないかもしれないが、7年ほどで人間の細胞はほとんど入れ替わるという。それと同じように、私たちの価値観や考え方だって変わる。今ここにいる自分に必要のないものなら、過去に置いてくればいい。しかし、それまでの自分を失ってしまうという恐怖心や執着心のせいでそれがなかなかできない。「過去の自分のことは、今の自分を築いたピースの一つとして大切に思い出の中にしまっておくよ。そうすればそれにつまづいて転ぶことはもうないからね。」保守的な家庭とゲイである自分の間で葛藤していたその人は、最近カミングアウトをして前に進むことに決めた。その目に未練はなかった。
クローゼットの整理が終わって、今の自分に似合う服がキレイに並んでいるのを眺めながら嬉しくなった。一方で、寄付することにした服でダンボール箱はいっぱい。つい衝動買いしてしまうクセも過去に置いておけないだろうか。