セックス・アンド・ザ・キャシーは、LGBTのためのコミュニティサイト『2CHOPO』(にちょぽ)に2014年から2017年まで連載されていたコラムです。

セックス・アンド・ザ・キャシー(コラム連載アーカイブ)
第10回、フラれ上手になることはセックスへの近道
「ハッテン場に初めて行ってみようと思うんだけど、何かアドバイスない?」
一回り年下の友達がついにハッテン場に行く年になったのかと感動しつつ、ご無沙汰な自分から何をアドバイスをすればいいのかと焦ってしまった。性感染症予防にコンドームとローション。水虫予防にサンダル。水分補給と栄養補給のためにコンビニに寄って準備万端。そんな堅実なアドバイスばかり並べていたら、向こうは呆れていた。
「そういうのもいいけどさ。もっとこう、ハッテン場でセックスにありつけるアドバイスとかってないの?」
いつだったか、自分もゲイの先輩にこの質問をしたことがある。初めて足を踏み入れたハッテン場はまるで異世界で、何もかもがカルチャーショックだった。どうやってアプローチすればいいのか。声をかけられたらどうするのか。右も左もわからずに一人うろたえていた。タイプの人を見つけて勇気を振り絞って声をかけてみると、相手は冷静に自分を見回して、さらりと「ごめんなさい」と言って歩き去った。面と向かってフラれたのだ。そんな風に拒絶されたことなんてなかったので、落ち込んでそのままハッテン場を後にした。そのことをゲイの先輩に相談すると、こんなアドバイスをもらった。
「ハッテン場ではフって、フラれて、またフラれて、それを繰り返してセックスにありつくんだよ。悲しんでる暇なんてあったら、次の人にアプローチすればいい。数分もすれば、フラれたことなんて忘れてるさ。」
そんなことを言われたって、拒絶されるかもしれないと思うととたんに臆病になってしまう。自分の写メを送ってシカトされると自分の見た目がダメだったのかと悩んだ。セックスした後に向こうからの連絡が途絶えると何かまずいことをしたのかと自分を責めた。数分で忘れるどころか、ずっと引きずってしまっていた。他の人にどう思われるのかばかり気になって、自分自身がどんどん萎んでいった。
若い頃にできるだけ失敗を重ねておけとよく年上からよく言われた。失敗から立ち直ることを繰り返せば、それだけ自信が育って逞しくなる。少しの失敗じゃ動じなくなる。これと同じことがセックスや恋愛にも言える。フラれるということをたくさん経験していると、やがて大事なことに気付いた。別に相手に背中を向けられたって、世の終わりじゃない。人間それぞれ違うものを追い求めているから、自分と相手のニーズが合致しないケースだって珍しくない。拒絶されることはネガティブだとは限らない。自分を責めても仕方がないし、相手を恨んでも意味はない。生き残るには、フラれ上手になるしかないのだ。
出会い系サイトやアプリが社会に浸透した時代に生きていれば、数え切れないほどの出会いがすぐそばにある。とてもじゃないが、全員と相手できるほどの時間と体力はない。拒絶することも、されることも、まさに日常茶飯事だ。過去10年間、ネットを使ってセックス相手を見つけていた自分は、何度も「ごめんなさい」と言ったし、何度も「ごめんなさい」と言われた。あの頃の自分からは想像できないくらいに、フラれてもさらっと流すようになった。率直に断られた時は、感謝の気持ちを込めて「どうもありがとう」と返すようにしている。手っ取り早く興味のない人にその気持ちを伝えれば、相手は無駄な時間や労力を節約できる。冷静に考えればとても思いやりのある行為だ。
また昔話に花を咲かせてしまったが、ハッテン場でセックスにありつけるアドバイスをすっかり忘れていた。年上の長話を聞かされて、ハッテン場バージンの彼は退屈そうだった。
「ハッテン場でうまくやるには、まず自信を養うことだよ。拒絶に怯える自分を克服して、他人からどう思われるのかなんて跳ね返せるくらいの自尊心を身につければ、きっとステキなセックスに巡り会えるよ。」
なかなか良いことを言ったつもりだったが、彼は不満そうな表情を浮かべた。それもそうだ。自信は一生かけて育てていくもので、インスタントな効果は薄い。今すぐ結果が欲しい彼からすれば、遠回り過ぎるアドバイスである。
「やっぱり体鍛えて、流行りの短髪にするよ。」
そう言って、彼はジムバッグを背負ってウェイトトレーニングに出かけた。生意気な彼に言いたいことはまだまだあったが、ここはぐっとこらえて笑顔で見送った。初めてのハッテン場で彼はどんな体験をするんだろう。それを考えただけでこっちまでワクワクした。