セックス・アンド・ザ・キャシーは、LGBTのためのコミュニティサイト『2CHOPO』(にちょぽ)に2014年から2017年まで連載されていたコラムです。

セックス・アンド・ザ・キャシー(コラム連載アーカイブ)
第1回、テクニックは関係ない?セックスが上手い人と下手な人。
もの凄いイケメンを射止めた友達は、情熱的すぎて眠れない夜を過ごしたはずなのに、いつもより不機嫌そうにブランチに現れた。少し腫れた目を擦りながら、彼はコーヒーだけオーダーして「ちょっと聞いてよ!」と前のめりになってジューシーな話を教えてくれた。どうやら、そのイケメンくんとのセックスは最悪だったらしい。彼の表情を見ればそれはすぐにわかったが、どうやらそれだけではなかったようだ。「彼、セックスは“上手い”のよ。手順もよくわかってるし、気持ちいいのは確かだったんだけど、何かが足りないのよ。ケミストリーがないというか、全然セックスしている気がしなかった。『イクっ!』って言って、コンドームの中に射精して、彼そのままそっぽを向いて寝ちゃったのよ。こんなに空しいセックス初めて!」こんな話をブランチの席で聞かされる身にも欲しいところだ。
「ほら、良かっただろ?」いつかそんなセリフをセックスの後に言われたのを覚えている。残念ながら、セックスはちっとも良くなかったが、相手があまりにも自信満々だったので首を縦に振るしかなかった。別に彼が下手だったとか、不器用だったとか、そういうわけではない。何が不自然だったのかといえば、彼があまりに機械的だったのだ。セックスに教科書があるとすれば、彼はそこにあるテクニックを熟知していて、それを毎回繰り返しているといったところか。最初の10分はキス。次の10分はフェラ。そして10分穴をほぐしてからイクまでぱこんぱこん。こちらからすれば、セックスというよりも、オナホールかディルドとしてオナニーに使われているような感じだ。言うまでもないが、そんな独りよがりなセックスは楽しくない。
皮肉なことに、今までで一番印象に残っているのは失敗だらけで完璧とはほど遠いセックスである。キスしようとして頭突きしちゃったり、全然入れたい穴に入らなかったり、ベッドから落ちちゃったり、コメディ映画のワンシーンのような滑稽なセックスだったが、そこにはちゃんと人間味があった。お互いを気遣って、相手を楽しませようと一生懸命だった。不調和音も多かったかもしれないが、がっちりかみ合った瞬間の喜びもひとしおだった。自信満々に「ほら、良かっただろ?」とは言えないかもしれない。でも、胸を張ってお互いが楽しめたとなら言える。
高校生の頃、体育会系の男友達と下ネタでよく盛り上がった。そこで必ず話題になるのが、いかに上手に女性をイカせられるかという自慢話だ。童貞だった自分は黙って聞くしかなかったが、それでも、その場に溢れていた「セックスが下手ではいけない」という見えないプレッシャーは痛いほど感じた。そのせいか、大学に入って男性とセックスするようになった時、自分が上手いかどうかばかり気になった。どこかで読んだバキュームフェラのテクニックを鵜呑みにして、ひけらかすように誰彼構わず吸引していた。「ねぇ、痛いからそれ止めてくれる?」ある日、そんな指摘をされるまで自分のフェラは上手いと自信過剰になっていた。果たして今までどれほどの人がこのフェラで痛い思いをしてたのだろう。それでも自信満々に吸うキャシーを傷つけたくなくて気持ち良さそうな演技をしていたのかと想像したら、顔が真っ赤になった。「ねぇ、気持ちいい?」と一言かければすぐにわかることなのに、それが聞けなかったのは自分のプライドの高さと自信のなさが邪魔をしていたせいなのかもしれない。
テクニシャンであるに越したことはない。知識があればできることが増える。手数が多ければいろんな局面に対応できる。コンドームの使い方や性感染症のことを知らなければ、むやみに自分を危険に晒すことになる。お尻の洗い方も知らずに、適当にシャワー浣腸をしては腸に大ダメージも与えかねない。そうした必要最低限な知識やスキルは身につけて、リスクは極力避けたい。しかし、知識ばかり増やしても、テクニックばかり磨いても、セックスが気持ちよくなるとは限らない。人間皆似てるようで肉体も、性格も、性器の形も、フェチもまったく違う。同じテクニックを繰り返し使っても通用するわけがない。セックスはコミュニケーションである。それが欠けてしまっては成り立たない。話しかけたり、ボディランゲージを読んだりして、反応を見て試行錯誤してみる。セックスが上手いと思わせるためのテクニックなんかは忘れて、相手が気持ちいいと感じられるように励む。そうしてまた新しい発見に出会う。それもセックスの醍醐味だ。
「セックスに手慣れた人にはもうこりごりよ!うぶで何も知らない男の子ってどこに行けば出会えるの?」少し冷めたコーヒーをすすりながら、懲りない友達はそう言った。ブランチを食べ終えて、突っ込むのにも疲れたあたしはデザートメニューに手を伸ばした。