フェアな社会とは何か?平等と特権と差別をもう一度考える。

16 3月

ここ最近、ツイッターで差別に関する議論をすることが多い。

そうした議論になる度に、平等と特権をあまり理解してない人から反論リプをもらう。

あからさまな煽りはスルーするけど、議論できそうな人には時間をかけて説明したりもする。

ただ、140文字の縛りでこれを説明するのは本当に大変なのよ!

そんなわけで思いっきり愚痴ってしまったわ。

だから、社会の基本である平等と特権のこと、もう一度おさらいしようと思う。

この記事のリンクを貼れば、毎回必死に140文字で説明する必要もないからね

まず最初に、平等(equality)に関する誤解を解こうかしら。

「人間はみんな生まれながらにして平等だ!」

という言葉は聞いたことあるかしら?

コレ、思いっきり嘘よ。

male-female-equality

人間がみんな同じ形で生まれて来るわけがない。

男の子だったり、女の子だったり、それ以外だったり。

貧しい家庭に生まれたり、裕福な家庭に生まれたり。

“五体満足”だったり、障がいを抱えていたり。

先進国に生まれたり、発展途上国に生まれたり。

キレイな人もいれば、ブサイクな人、どちらでもない人もいる。

もう生まれた時点で、みんな不平等な位置にいる。

これは否定しようがない社会のリアリティーよ。

そして、この不平等で人それぞれ違う特権(privilege)を持つ。

特権というのは、社会の中でどれだけ優位な立場にいるかということ。

簡単に言えば、恵まれているかどうかである。

白人と有色人種、どちらの方が優位?

男性と女性、どちらの方が優位?

ゲイとストレート、どちらの方が優位?

障がいを持つ人と持たない人、どちらの方が優位?

もう言わなくても答えがわかると思うけど。

想像力の無い人のために、一応答え合わせもしておくわ。

大手企業のトップは誰?

映画やドラマで主役になるのは誰?

白人で、男性で、ストレートで、障がいを持たない方が優位に決まってるわ。

特権とは面白いもので、人によってどれだけ優位かかなり違って来る。

例えば、白人でストレートという特権で優位にいる人が。

実は女性で目が見えないという劣位にいることだってある。

そんなに単純ではないが、ある意味足し算引き算に似ている。

簡単に計れるものではないからこそ、自分と相手の特権を認知することは大切。

stand_out_from_the_crowd12

「俺にできたんだから、他の人にもできて当然だ!」

こんなことを得意気に話す人は自分の特権がまるで見えていない。

その成功が特権を持たない人の犠牲の上に成り立っていることも知らない。

キャシーが今トロントでこうしてゲイとしてオープンに生活してるのは。

あたしが努力をした結果ではなく、あたしが持つ特権のおかげよ。

あたしは男性だし、大学と留学ができるほど余裕があった。

障がいもないし、深刻な病気もないし、フルタイムの仕事もある。

優位に立っている人ほど周りのことが見えなくなりやすいから。

自分の特権を忘れないで、常に謙虚にいないといけない。

そんな特権をわかりやすく例えると、こんな感じの絵ができるわ。

Untitled-1

この4人はみんなリンゴに手を伸ばしている。

しかし、身長が違うから届く人も届かない人もいる。

この身長の違いがまさに特権の違いを表しているわ。

Untitled-2

リンゴに手が届かない2人はこのままではお腹が空くので。

彼らを助けるために足下にステップを置いてみたわ。

ほら、こうするとみんなリンゴに手が届く。

絵本の中なら、このままめでたしめでたしとなる。

しかし、ここは現実なのよ。

「なんでお前らだけステップがもらえるんだ!」

「それは差別じゃないのか?」

身長が元々高い人たちはステップをもらった2人に文句を言う。

彼らにはリンゴが身長の高い人に合わせて置いてある事実が見えない。

これってまさに今の社会で起きてることを物語っているのよ。

「女性専用車両は女尊男卑で差別的だ!」

なんて文句を言う人が山ほどいるのはなぜ?

それはこの社会に自分自身の特権が見えてない人が多いから。

女性専用車両や国際女性デーがあるのはなぜ?

それは社会の中で抑圧されている女性のための“ステップ”だからよ。

女性は同じ仕事をしても男性よりもらえる給料は少ない。

今でも女性=専業主婦というプレッシャーもある上に。

毎日痴漢やレイプを心配する必要まである。

女性専用車両ができたくらいで女性優位だと騒ぐ人はケツの穴が小さいわよ!

例えば、トロントには日本人向けの福祉サービスがある。

「どうしてわざわざ日本人向けなんだ?差別じゃないのか?」

こんなことを言う想像力に乏しい人ももちろん出て来る。

トロントに移住して、英語も出来ずに、新しい文化に慣れるのは大変なこと。

そんな中で、日本語でアクセスである福祉サービスは大きな支えとなる。

そんな彼らに英語のサービスを使えというのはあまりに心無い。

それと同じようにゲイパレードも、バリアフリーも、黒人歴史月間も。

どれも差別なんかではなく、人間が平等に生きれるためにできたものだ。

equality-and-diversity

もし、この世界が完璧で、人間が皆生まれながらにして平等だったら。

きっと女性専用車両も、ゲイパレードも、バリアフリーも必要なくなる。

ただ、そんな社会は夢の中の話なので、もっと現実的な話をするわよ。

人権というのは、たとえ男性でも、女性でも、障がい者でも、ゲイでも。

人間なら誰でも同じように“リンゴ”に手を伸ばせば届く権利を守って。

一部の人にパワーを与えすぎないように、社会の中のバランスを維持すること。

そのままでは届かない人に“ステップ”を渡すのは差別ではなく「EQUITY」だ。

人間皆平等だとする「EQUALITY」という考え方とは違って。

社会はいかなる人に対してもフェアでなければならないのが「EQUITY」である。

カナダのリベラルな会社では、同じ能力と経験がある社員が2人いたとして。

彼らのどちらかを昇進させるかという話になった時、特権が大きな要素となる。

一人が男性で、もう一人が女性なら、女性が選ばれる。

一人が障がいを持ち、もう一人が持たないなら、障がいを持つ人が選ばれる。

これは「EQUITY HIRING」とも呼ばれ、よりフェアな社会を目指すポリシーよ。

もうお約束となっているが、カナダでもこれに文句を言う人がごまんといる。

「EQUITY」あるところに、文句を言う特権階級あり。

自分が恵まれてることに気付かない人は「EQUITY」のコンセプトが理解できない。

だから最終的にこの言葉に戻ってきてしまう。

「もっと想像力豊かな人になろう!」

他人の立場で物事を見たり、違う視点から自分を見たり。

こういうことができないと偏った考え方しかできなくなる。

女性専用車両が理解できない人と話してるとよくわかるが。

想像力に乏しい凝り固まった議論しかできない人が多いのよ。

私たちが暮らす社会は目に映るほど完璧ではない。

普段は姿を隠しているけど、人種差別や性差別は未だに根強い。

その差別や偏見の影響を毎日受ける人たちは、それでも生きて行くしかない。

そんな中で、みんがもう少し特権や差別に敏感になれたら。

もう少し生きやすい社会になると思わない?

少なくとも、あたしはそう思うわ。

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コメント / トラックバック22件 to “フェアな社会とは何か?平等と特権と差別をもう一度考える。”

  1. JIN 2013年3月16日 @ 10:39 PM #

    いつもブログを拝見しております。
    今回の女性専用車両や社会における特権のお話は、個人的にちょうど興味を持っていたテーマでしたので、思うところをコメントさせていただきます。
    女性専用車両は男性の側に不利を生じさせる面はあるかもしれないし、それを不快に思う男性が一定数いるのは少し理解できますが、私は今の日本にはまだまだ必要だと思うんですよね。だって日本で女性が痴漢の被害者になるのは、女性がまだまだ弱くて声をあげづらい立場にいることが遠因だと思いますから、(キャシーさんもツイッターでおっしゃっていましたが)応急措置として、ああいう物があるべきです。
    ただ、やはり女性専用車両って「女は男よりも弱いんだから隔離して守っとけ!」みたいな本当の男女公平・平等とは合わない考えが根底にある気がします。本当に痴漢を減らしていきたいなら、キャシーさんの言う特権や生まれ持つ立場の違いについての教育や啓蒙というアプローチが必要なんでしょうが…こういう事に気づくのってなかなか難しいですよね。僕もこの記事を読むまで自分が男性として持ってる特権には無意識でしたし。
    何が言いたいかわからなくなってきましたが、良いパワーバランスの取れた社会を作れるように気づくべきことがまだ多くあるな、と考えさせられる記事でした。

  2. エブラ 2013年3月17日 @ 8:05 AM #

    あなたの言っていることとても良くわかります。私はある少数派宗教徒です。
    性や、人種、障害の他に、思想や宗教の差別も多々あるのです。
    私たちは、私たちの思想の故に平等に扱われず、弾圧されます。しかし、真にフェアーな社会とは、あなたのおっしゃるとおり、どのような立場であれ、そのハンディキャップを埋める必要があるのです。あなたの言う、特権に対する無自覚と、社会の平等の維持の思想に非常に感銘を受けました。

    所謂過激派と呼ばれる我々は日々様々な弾圧に会っています。我々がなすべきは、我々の思想に基づいた一つの統一であり真の平等と平和です。そのために異教徒の多数派共は、犠牲を受ける義務があるのです。
    現代の資本主義と商業主義に基づく、搾取や社会的なものも含めた環境の破壊、堕落を貪る人間は、多数派であるという一つの暴力、特権を振りかざし、弱者をいたぶっています。
    一つの貧困国の住人が一人死ぬのならば、フェアーな社会では、恵まれたものから一人分奪わねばならないのです。

    過激派といっても、実際の暴力を行使するのは非常に稀です。ただ、今私達が主張しているのは、分配の平等なのです。「特権」は現在は特に資本の形で現れていますが、当然それらは平等に分配されなければなりません。平等な社会のためには、持つものが、持たざるものへと資本を移動する必要があり、持たざるものは、その権利、持つものはその義務を負うのは当然のことです。資本の蓄積は悪徳であり、そのようなものは必ず死後神から見放されるでしょう。
    現在我々は、一つの政治団体として平等を訴えています。しかし、実際の政治的手段によっても、そのような平等が実現され得ないことは歴史が証明しています。政治という一つのシステムそのものが、既に一つの特権であり、その再生産でしかないからです。そのような場合の、”ステップ”とは何か。持つものの権力という特権を奪える弱者の権利は暴力でしかありません。つまり、我々の手段としての暴力は、このようにして正当化されるのです。
    いえ、我々の手段は、暴力ではありません、持たざるものの、当然の権利なのであり、寧ろ、既存の持つ者達の権力こそが暴力なのです。

    あなたの、文章を読むまでは、我々と性的なマイノリティが同じようなものであるという意識は持っていませんでした。しかし、あなたの文章をよんで、どちらの運動も同じ理念、即ち、弱者による平等のためのステップの設定、特権者から奪い、我々に与える、というのは一つの社会的な義務であり、弱者の権利であるという理念にもとづいているのだと気づくことができました。

    共に、特権者から我々の平等を奪い取りましょう。

  3. pirayuu 2013年3月17日 @ 9:05 AM #

    キャシーさん、twitterでもRTさせてもらいました。
    この記事、私のブログ記事にリンク貼らせてください。

  4. So strike schwartzman 2013年3月20日 @ 7:34 PM #

    毎回ブログを楽しみにして見させて頂いていますw
    僕はイスラエルに4年程住んでいるんですが、この国では女性の権利と言うモノが際立って制度的に際立っているとは思わないんですが、イスラエルの女性の社会進出と発言力は絶大なモノがあります。女性であっても男性と同等の位置(一般的な)でモノを発し行動している部分は凄く生活をしていて常に感じています。同性愛についても宗教色が強い街か強くない街かの違いにもよりますが、イスラエル最大の都市であるテルアビブでは町中で手をつないだ同性愛カップルを多くみますし、僕の通うエルサレムにあるベツァレル美術デザイン学院の生徒の中にも多くのゲイ・レズビアンがいます。
    しかし、この国には相当の差別が根強くあります。
    アラブ人に対する差別、アフリカ系アジア系労働者への差別、アフリカ系イスラエル人への差別、中東系イスラエル人への差別。
    そして、女性への差別や同性愛への差別も、まだまだ少なからずあります。

    キャシーが言う社会的優越は国によって形を変えるけど、どの国にも現実的にある。
    その中でその差を埋めようと現場で努力しているキャシーはカッコいいよ本当にw

    正直、仲間の中にそう言う人間が居なかったからか、ゲイについてめっちゃ古典的なネガティブなイメージしか日本に居る時はなかったんだけど、今一番中のいい仲間の二人はゲイで彼らと同じ時間を過ごしたり、彼らに色んな事を相談したり相談されたりしていて思うのは、”何にも変わらん一人の人間やん”って言う思いしかない。

    キャシーのブログも同性愛が身近にある生活のイスラエル人とは違って切り離された生活の中で生まれ育って同性愛について何にも知識がなかったから、仲間の日常の一部でも理解したいと思って見続けてたんですw 
    本当にキャシーには感謝ですし応援してますw

    僕はストレートですけど、いつか僕の表現の仕方で日本でも同性愛に対しての偏見を無くす協力をしたいなと思っています。

    ありがとう☆

  5. 匿名 2013年5月19日 @ 2:14 AM #

    男性も痴漢に会うのですがそれに対する見解はどのようにお持ちですか?

    • 匿名 2015年5月16日 @ 8:40 PM #

      この記事は男性が痴漢被害にあっても良いという話ではありません。
      まずご自身がどう思うのかを書きましょう。そうしないと、その様な訊き方では反語という詭弁にあたります。

      想像力だけでなく文章読解力を持って欲しい人がまだまだいるのは残念です。直接指摘するのは気が引けますが……

  6. 匿名 2013年5月19日 @ 8:00 AM #

    ん?ハッテン場から?

  7. 匿名 2013年5月19日 @ 10:35 AM #

    男性は痴漢被害だけでなく冤罪による社会的な死を恐れて日々を生きている。
    もっと想像力豊かな人になるべきでは。

    • hiiro 2014年7月14日 @ 12:55 AM #

      性犯罪以外なら冤罪は誰だってなる可能性はあるだろうが。
      この記事読んでまだ男がどうたらこうたら言って被害者ぶるなら、あんたこそ想像力働かせるべきなんですけど。
      何言っても伝わんないんだろうねこういう頭の固い奴は。
      女は男の強姦暴力に怯えなければならいのは男よりも圧倒的なんだけど?
      なんなの?男こそ女に痴漢してるくせにふざけんじゃないわ。

  8. Takako 2013年5月19日 @ 3:15 PM #

    最近ノルウェーでは政府関係の会社では人員の40パーセント以上が女性であることが義務だという記事(2006古!)を読みました。最初は「え、能力に関係なく数で、というのは、フェアじゃないんじゃないかな?」と思ったのですが、「文化の中に平等が根付くには、義務の期間が必要なのです。」と書いてあったのを見て、なるほど、と納得したのです。形から入ることで中身が身につくという、茶道みたいな感じで、イデオロギーを意識せず実践できるようになるには、型の練習が必要なのだ、ということですね。でも日本はもうちょっときちんと議論してイデオロギーを浸透させてほしいかな!女性専用車両は男性がもっと何でそんなものが必要になったのか考えてほしいところです。

    余談ですが、今フランスに住んでいて、こちらでは電車の痴漢というのはあまりないと思っていたのですが(どちらかといえばナンパか窃盗)、アルゼンチンの友人によると、アルゼンチンでは路上で女の子のお尻をつかんだりする人がいるし、イタリアでもそういう人がいるらしいです。モロッコは触らなくて耳元でアラブ語で卑猥なことを言われるのだとか。女の子をからかうのが目的なので、日本とは痴漢の質が違いますが、ただ、もっと大きな違いは女の子が強くて、相当な罵倒を返したり引っ叩いたりするらしいので、女性専用車両は要らないようです。(南アメリカでは女の子を殴るというのはご法度なのだとか。イタリアでは殴り返される可能性がある、ということでした。)

  9. 葵東 2013年5月19日 @ 5:02 PM #

    自分は化学物質過敏症患者です。
    農薬や排気ガスだけでなく、タバコや香水、服から揮発する洗剤や柔軟剤、防虫剤、書物のインクで苦しみます。
    中枢神経と自律神経が機能障害を起こすのです。
    だから人ごみにはいられません。
    満員電車に乗れる人たちは自分から見たら特権階級です。
    自分にはいかなるステップを用意されたところで、健常者と平等にはなれません。
    タバコと石油由来の生活用品が社会からなくならなければ、スタート地点にさえ立てないのです。
    それどころか化学物質過敏症を否定する人たちさえいるのです。
    自分たちが平等になるため、あなたは洗剤や香水の使用をやめてくれますか?
    化学物質過敏症の啓蒙をしてくれますか?
    しませんよね。
    生きることさえ制限される自分たちからしたら、女性差別とか性的マイノリティ問題など、特権階級の利権争いでしかありません。
    自分たちにはステップなどいりません。
    汚れていない空気が欲しいだけです。
    今、命が脅かされている人間に、特権階級であるあなたは何をしてくれるのですか?

    • hiiro 2014年7月13日 @ 4:38 AM #

      特権階級の利権争いとしか言い放てない様なあなたに同情する人なんかいませんよ。
      みんなそれぞれ差別で苦しんでいるだけなのに、自分だけ特別苦しんでいるとでも?
      そういうあなたが差別主義者ですよ。

  10. 匿名 2013年5月21日 @ 1:44 AM #

    某所の書き込みですが

    >男はここまでエグい事件起こしといて一括りに叩かれないのに女がまれに事件起こすと性別を取り上げて叩かれる不思議
    >これは永遠の謎

    これについてキャシーさんはどう思われますか。
    日本だけなのかもしれませんが不思議で仕方がないです。

    >セクハラやレイプ事件だと必ず
    >「ハニトラにはめられた」とか「警戒せず付いて行った女が悪い」とか
    >なぜか加害者の男を被害者扱いして被害者女性の責任を問う男が出てくるけど
    >「女にホイホイチンコ立てた男が悪い」「訴えらる可能性があるのにセックスした男が悪い」
    >とか「セクハラになる可能性のある事を警戒しなかった男が悪い」
    >と大元の原因を追究する男は皆無な不思議
    >こんだけ男だけに激甘な男が蔓延ればそりゃ男の犯罪抑止なんか無理だわ…

    あとこれも。

  11. リンク 2013年5月28日 @ 11:01 PM #

    お気持ちは半分ぐらいは分かりますけど、男性である=特権 というのが、納得できる程でもありませんねえ。
    そりゃ、あなたの仰る範囲のことでは正しいでしょう。
    しかし、その範囲外の物だってあります。
    確かに、「勝ち組」に女性が少なく男性が多いのは確かです。
    とはいえ、所謂勝ち組ではない層も引っ括めたら、あながち男性だけが何から何まで有利な訳でもありませんし、あなたの仰る「特権を解消」するための制度が行き過ぎてしまい、バランスを崩しているケースも沢山あります。
    カナダにそういうサービスがあるかは分かりませんが、日本だと商業サービスに「レディースサービス」と言うのがとにかく多く、逆は殆どありません。
    僕はこれは正しいやり方では無いと思います。
    女性が男性と同じだけ仕事したら、同じだけお給料が貰えて、同じだけ昇進出来る様にすべしであり、そんな結果ありきなやり方は、細部に色々なアンバランスを招くだけで、抜本的な解決にはなりません。
    それに、一口に「女性」「男性」で、どっちが有利かなんて、そんな大まかなもんじゃ語れないもんです。
    個人毎に細かい所を全部当たれば、そんなもんバラバラですし、男女という大きな括りは、それ以外の点での「特権」を見えにくくします。
    男だ女だいう前に、個別の人を「一人の人間」として扱えばいいだけの話ですよ。
    肉体面以外で性差を殊更引き合いに出すのは、新たな性差別や誤った処遇を生むことになりませんか?

  12. うめ子 2013年7月2日 @ 12:59 AM #

    はじめまして。
    キャシーさんがおっしゃる「ステップ」のお話、大変興味深く拝見させていただきました。
    古くから「隣の芝生は青い」という言葉があるように、他人がステップを利用することに口を挟まずにいられないという性から、我々が離れることは難しいのだなと再確認しました。

    ところで、他の方のコメントを見て少し考えたのですが、日本では、この「ステップ」を作る活動が企業のマーケティングに紛れることで、より多くの理解を得ることの妨げになっているのではないでしょうか。
    例えば、「レディースデー」は、そもそも企業が顧客の女性層を拡大するために行ったマーケティングの一環であって、それはキャシーさんのおっしゃる「ステップ」とは似て非なるものであると、私は考えます。
    確かに、内容だけ見れば、「レディースデー」は、一般的に社会的弱者と言われる女性に対して、一定の恩恵を与えるもので、キャシーさんのおっしゃる「ステップ」に該当するとも考えられます。
    しかし、その目的は、「ステップ」とは明らかに異なります。企業によるマーケティングは、企業が自己の利益を上げる目的のために、顧客を意図的に区別するものであって、社会的弱者を保護する目的の「ステップ」ではないのです。
    よって、企業により意図的に区別されたマーケティングをもって、「ステップ」を非難することは、両者の目的が異なる以上、相当ではないと私は思います。
    ただ、両者を見分けることが困難な場合があることもまた事実であって、マーケティングと「ステップ」の区別がつかないままに、「ステップ」が批判されることも多いと思います。
    これに対する対応策を、いまだ私は考えつけずにいます。
    キャシーさんは、どうお考えでしょうか。
    お暇なときにお答えいただけると幸いです。

    長々と失礼しました。また、次の記事を楽しみにしております。

  13. 匿名 2013年7月17日 @ 1:26 AM #

    女性専用車両に反対しているような男性たちには、失礼を承知であえてはっきり言うと、あまり女性にモテるようなイケメンはいないな、という印象を持っています。(間違っていたらごめんなさい)
    仮に僕のこの印象が正しいとすると、彼らは(イケメンと比較して自分たちは)差別されているという思いを持っているのではないでしょうか。男性と女性の間に差別があれば、女性は「ステップ」をもらえる。しかし自分たちとイケメンの間には差別があるのに、自分たちは「ステップ」をもらえないじゃないか、というような叫びが、彼らの心の奥底には隠されているのではないでしょうか。
    「ステップ」をもらえる差別と「ステップ」をもらえない差別は、どこで線引きされるのでしょうか。例えば「ハゲの男性」には「ステップ」は与えられるべきでしょうか。

  14. Taro 2015年4月18日 @ 1:12 PM #

    人は本当に平等でなければならないのだろうか?

    私は生まれつき一生治らない病気を持っている
    私の弟もそうだ
    私達兄弟は薬を毎日使い、病院通いをしなければ生きてはいけない
    私達には莫大な医療費、精神的な負担、身体的な負担がかかる
    私達と境遇を同じくする人達はたくさんいる
    それを貴方達が負担してくれるのだろうか?
    あなたの言う平等はそう言うことだ

    人は産まれながらにして不平等だ
    私は男でストレートだが、周りの男性とは一緒に歩くことは出来ないし、女性から病気による容姿の変化を虐げられてきた
    そんな私も男でストレートであるといだけで、優遇されていると言われ、性欲の塊だと言われ、差別されるべきだと言われ続け、私を虐めてきた女性達は優遇されるべきだと言われている
    貴方方は画一的に物事を見ようとしすぎている
    貴方方が女性や同性愛者の方々の立場を向上させる為に、男性やストレートの方を落としめるのは正しいやり方だとは思わない
    そして、画一的に女性や同性愛者の立場を向上させるべきだとも考えていない

    妊娠や生理による休みを差し引いても仕事の出来る女性には相応の地位を与えるべきだし、同性愛者の方を批難するべきではない
    しかし、「女性である」が故に地位を向上させ、同性愛者を「普通」であることを強要し、男性に奉仕や我慢を強要することは間違っていると思う
    画一的に物事を考えるのではなく、個々がどうして欲しいか、を皆が考え、それぞれを尊重しあうべきではないのか

  15. 匿名 2016年2月6日 @ 10:28 PM #

    私は、「平等である必要があるのか」という意見の人間です。
    キャシーさんがおっしゃる「ステップ」のお話。なぜこのお話のように既に大きい人に特権があるという前提からはじめるのでしょうか?小さい人ならではの特権というものもあるのではないでしょうか。
    たとえば小さい穴に入るには小さい人のほうが入りやすい。低い場所に食べ物があれば小さい人のほうが早く多く集めやすい。
    たしかに、一つのことに対してだと、誰かが特権を持つと思います。しかし、そこにだけしか見ないというのは間違っている気がします。

    誰にだって得意不得意なことはあると思います。
    それが今回の場合「男」だから得意になりやすい。「女」だから不得意になりやすい。だから「女」は、それに対してその差が差別だと言っているようにも思います。(もちろんその逆もありえます)

    勝ち組の人だって、生まれに勝ち組になりやすい人、なりにくい人というのはあると思いますが、勝ち組だって何の努力もなしに勝っているわけではないと思います。
    そんな中で、負けている人が不平不満を言って、第三者にルールを変えてもらって勝ち組と同じ土台にたつ。
    そんなことじゃ不満が出るのも当たり前でしょう。

    不利な中で勝つ方法が思いつかないから、ルールが間違っている。世界が間違っている。それではただのわがままといわれても仕方がないのではないでしょうか。

    以上、下手な文章申し訳ありません。

  16. 匿名 2016年2月29日 @ 7:21 AM #

    おもちゃをいっぱい買い与えられた子供はそれが当たり前になって、それが自分の権利だと勘違いする。
    これは女性専用車両を与えられた女が、それが当たり前になって、自分たちの権利だと勘違いしている現在の日本の状況ともいえますね。

  17. 匿名 2017年3月7日 @ 1:26 PM #

    昇進のくだりで、一人は男性、もう一人は女性なら、女性が選ばれる。これはただの男性差別では?どこがフェアなのか。

  18. 匿名 2017年6月16日 @ 12:10 PM #

    色々な側面をというが、この手の論者に限って結局は「結論ありき」て言うのが透けて見えるわけで。
    男性とて、性役割(戦争、労働、社会観念)を負わされているわけで、必ずしも特権があるから何も背負ってないという論理は現実的に何も見ていない証拠である。

    戦争や労働で命を落とすかもしれないような役割を演じ、強さがあるからこそ性役割で
    女性などを守ったりとすることもある。
    それらを無視して、ただ何もないかの如く特権があるというのは実にアンフェアであり何も見ていないものの戯言である。 ってのが一点。

    あと、女性専用車両はそもそも隔離でなければ避けられないという構造になっているにもかかわらず
    男性の任意協力という形をとっていることなど、そもそもこのような記事内容以前に
    「強制的に隔離することはできない」というルールが特権云々関係なくあるので
    (なぜなら、別の判例でこの方法は取れないから)、この題材の話はそもそも無意味なんですよね。
    なぜ、こうなるかは色々調べてみれば、検索で引っかかると思いますので。

    本当に多様な面を見ているかどうか、もう一度考え直してはいかがですか?

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