儚い自尊心と生きるということ

セックス・アンド・ザ・キャシーは​、LGBTのためのコミュニティサイト『2CHOPO』(にちょぽ)に2014年から2017年まで連載されていたコラムです。

セックス・アンド・ザ・キャシー(コラム連載アーカイブ)
第59回、儚い自尊心と生きるということ

自分は価値がない人間だと感じてしまう瞬間は誰にだってある。勢いに乗っている間はそんなことを考える必要もないかもしれないが、ずっと走っていればいつかは転ぶ。いくら自信に溢れて完璧に見える人間でも、些細なことで自信を全て失って、不安に苛まれることがある。自尊心とは儚いものだ。こんな葛藤は人生の様々な場面に当てはまる。もちろん、恋愛やセックスをする上でもこの自尊心からは逃げられない。

「こんな自分は一生恋愛できないかもしれない。」

度重なる失恋を経験している友人はどん底に落ちていた。今度こそはと新しい恋に臨んでは期待を裏切られるの繰り返し。そうやって当たって砕ける度に自分を疑う。見た目がダメなのだろうか。性格に問題にあるんだろうか。きっと誰からも好かれないのは自分のせいだ。その負のサイクルからなかなか抜け出せずに、自分には価値がないと思い込んでしまう。だから、いつもなら決して納得しないような恋愛やセックスだって、そんなものさと諦めて受け入れてしまう。そうやって生きていれば、自分をさらに嫌いになって、自尊心もどんどん萎んでしまう。

そんな不安定な自尊心を抱えて恋愛やセックスをするのは簡単ではない。どん底に落ちれば、自分を大事にするというシンプルなことでさえ難しくなる。自分を大事にできないから、他人を思いやることもできない。不安を駆り立ててものを売りつける社会の中ではネガティブな感情が膨らみやすい。インターネットを使った出会いやソーシャルメディアの発達によって人との繋がりが記号化して、相手を思いやる余裕もなくなっている。そんな環境の中で負の連鎖はあっという間に広がってしまう。気持ちのいいセックスや素敵な恋愛に出会うことが減ったと愚痴る人が最近周りに増えたのも案外偶然ではないのかもしれない。

そんなどん底に落ちた日は、自分に価値があることを再確認するようにしている。美味しいものを食べたり、大好きな映画を見たり、静かな公園を散歩したりと、セルフケアをするのもいい。しかし、それでは足りない日もある。どんなに頑張って這い上がろうとしても、ボロボロになった自尊心に引きずられてまた落ちてしまう。自分の力だけでは自分自身を説得できないなら、周りの力を借りることもできる。自分の価値をよく知っている友人とコーヒーを飲みに行ったり、自分のことを素敵だと思ってくれる人とセックスするのもいい。身の回りにそんな人がいなかったり、それ以上のサポートが必要なら、カウンセラーに頼るのもいい。そんな外野からの一押しで一気に曇り空が晴れることもある。

正直なところ、どうやってこの揺れやすい自尊心と生きていけばいいのか未だによくわからない。それでも一緒に生きていくしかない。だから、どんな時も自尊心にあげる栄養を絶やさないようにしている。そして、このシビアな社会の中で必死にサバイバルしている自分への優しさを忘れないようにしている。そうやって自分には価値があると自分自身を説得しながら、またゆっくり前に向かって進んで行く。

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