白黒しないアイデンティティたち

キャシーの日々ハッテンは​、トロントの日本語情報誌『Bits』(ビッツマガジン)で2011年から2017年まで連載されていたコラムです。

キャシーの日々ハッテン(コラム連載アーカイブ)
Day.93 白黒しないアイデンティティたち

「LGBTって結局何なの?」そんなストレートな質問を投げかけられて、自分が担当するセミナーの最中なのに回答に困ってしまった。「教える側なのにどうしてそんな簡単な答えもわからないの?」とでも言いたそうな相手の視線が刺さって痛い。本当に困った。

「L」のレズビアン、「G」のゲイ、「B」のバイセクシュアルならまだなんとか説明できる。むしろ、説明の必要もないくらい既に広く知られているだろう。しかし、「T」のトランスジェンダーから後はもう噛み砕いて説明しようとすればするほど相手を混乱させてしまう。とどめに「T」が最後じゃなくて、実は「LGBTTIQQ2SA」とか「LGBTQQIP2SAA」というもっと長い略称もあるんだと教えるとしよう。きっと二次方程式を初めて見て数学に絶望する中学生たちと同じ表情が見られるだろう。それでもあきらめずに一生懸命に様々な視点から説明をしても、相手が欲しがるのは白と黒にハッキリ分かれた答えだったりする。「Q」のクィアはこれで、「A」のアセクシュアルがそれでと、そんなに簡単ならこっちだって苦労しない。頭を抱えながら必死に理解しようとする相手に、「LGBT…」に続くアイデンティティが毎年増えたり変わったりするとはとてもじゃないが言えなかった。

そもそも、人間のアイデンティティという複雑なものを白黒ハッキリ理解したいというのは無理がある。離れたところから見れば、それはいたってシンプルなものに見えるかもしれない。しかし、そこに立つことでしか見えないカラフルな物語がきっとたくさんあるだろう。そんな豊かなものを、たった一言で簡単に片付けてしまうのはもったいない。男と女、ゲイとストレート、それだけで説明できるほどこの世界は退屈じゃない。人の数だけ性の形がある。その方が楽しいじゃない。

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