リル・ナズ・Xの新曲「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」とサタン・パニック

ちょっと、リル・ナズ・Xの新曲「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」が大変なことになっているわ。その過激なミュージック・ビデオの内容を話す前に、彼を知らない人のために少しおさらい。

リル・ナズ・Xは2018年にリリースした「オールド・タウン・ロード」が2019年に大ヒットし、ビルボード史上歴代最長の19週連続一位を樹立。カントリー・ミュージック(白人がチャートを占める割合が高い)とヒップホップ(黒人がチャートを占める割合が高い)という珍しいクロスオーバーがヒットに繋がったのにも関わらず、ビルボードがカントリー・チャートから「オールド・タウン・ロード」を削除したことで、北米のミュージック・シーンに存在する人種問題に批判の声が集まった。そして、人気急上昇中の2019年の6月に、リル・ナズ・Xはゲイだとカミングアウト。それに対してネガティブな反応も多少あり、ヒップホップのコミュニティ内の根強いホモフォビアもその流れで浮き彫りとなった。型破りで、良い意味でトラブルメイカーな彼は、デビューわずか数年でメインストリームな人気を誇るゲイアイコンの地位を築いた。そんな彼の最新シングル「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」は、ビルボード初登場一位を獲得したばかりだが、いつも以上に物議を醸している。

そんな話題性たっぷりな「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」のミュージック・ビデオは、宗教的なテーマを取り入れており、堕天使となったリル・ナズ・Xがサタンと地獄でヤってしまうわけよ(まぁ、ただのラップダンスなんだけど)。ビデオがリリースされて、何も知らずに見たあたしは空いた口が塞がらなかったわ。サタンとのラップダンスという描写だけでも批判が凄そうなのに、ハイヒールの膝上黒レザーブーツを履いてモッコリを披露するリル・ナズ・Xは「全力で叩いてください」と保守派を挑発しているようにしか思えない。さらに、拍車をかけるかのように、プロモの一貫として人間の血液が実際に入った真っ赤なサタンバーションのエアマックス97をリリースしてしまう(ちなみに、ナイキに訴えられてリコールとなったわ)。まんまと釣られて、保守派は「社会を破壊する」や「子供に害だ」という理由で大怒りしている。狙い通り、肝心の曲は大ヒットしている。

そういえば、32年前にリリースされたマドンナの代表曲「ライク・ア・プレイヤー」も、同じように保守派から批判されつつ、大ヒットしていた(詳しくはこちら)。問題視されたミュージック・ビデオでは、セクシーなランジェリー姿のマドンナが教会で黒人の聖人とキスするシーンが登場したり、白人至上主義のヘイト団体クー・クラックス・クラン(KKK)に関連する燃える十字架が登場する。保守派からの圧力で、スポンサーだったペプシがマドンナとの契約を破棄するほどだった。今回のリル・ナズ・Xの件も、ストリーミング・サービスからシングルを削除されそうになっているみたい(とりあえず、大丈夫だったそう)。そんなマドンナの「ライク・ア・プレイヤー」のミュージック・ビデオの内容を今の視点から見ると、どうしてあそこまで大きな騒ぎになったのか理解に苦しむ。だって、最近のミュージック・ビデオ基準だと超バニラなんだもん。そう考えると、社会の許容範囲が32年間でどれだけ変化したかよくわかる。

NY TimesVoxなどのメディアは保守派のオーバーリアクションを恒例のサタン・パニックだと指摘している。80年代から90年代にかけて、北米では悪魔崇拝者に子供たちが虐待されているという告発が相次ぎ、魔女狩りのような物的証拠の欠ける裁判が相次いだそうだ。80年代には、人気ゲームシリーズのドラゴンクエストの土台となったダンジョンズ&ドラゴンズのようなテーブルトークRPGが、子供に悪魔崇拝を植え付けるとして大騒ぎになった。こんな歴史があったなんて、今回の件で調べてみて初めて知った。ちなみに、恐怖心を駆り立ててモラル・パニックを引き起こす手段は今でもよく使われている。同性婚反対派やトランスジェンダーを否定する人たちは昔から子供を盾にしてLGBTコミュニティの人権を否定してきた。ここ数年、大きな問題となっている陰謀論Qアノンを信じている人たちも、似たような手口で信仰者を増やしている。こうした歴史の流れからリル・ナズ・Xに対する批判の声を考察すると、過激なミュージック・ビデオに怒っている以上に深い意味があるのかもしれない。

そんなセンセーショナルな報道な中、もっと注目されて欲しいのはリル・ナズ・Xがこの作品に込めた思いだ。リル・ナズ・Xが14歳の自分に宛てたメッセージには、自分自身を受け入れられず、ずっとカミングアウトできずにいた思春期の葛藤について書かれている。曲名に使われている「モンテロ」はリル・ナズ・Xの本名である。このミュージック・ビデオの過激なテーマは「ゲイは地獄に落ちる」という保守派の主張に対する皮肉でもある。「どうせ地獄に落ちるのなら、ゲイらしく堕ちてやろう」と語るリル・ナズ・Xは、エロティックで華やかなポールダンスで地獄に降りて、サタンと散々楽しんだ後に、地獄の王座を奪ってしまう。この文脈で考えれば、ありのままの自分を受け入れようという自己肯定感の大切さを訴える意外と爽やかなメッセージだとわかる。

ゲイの経験を主題に据えたセクシーな作品がビルボード初登場一位になっていることに、正直ちょっと驚いている。大ヒットするポップ・ミュージックはその時代を映し出す鏡のようなものだと考えているが、「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」のような社会的な圧力に中指を立てるような曲を今の大衆は欲しているのかもしれない。そして、30年後にこのミュージック・ビデオを振り返って、私たちは「え?これのどこが過激なの?」と疑問に思うのだろうか。

ナズちゃん、素敵よ!

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