『保毛尾田保毛男騒動とアライシップ』ポッドキャスト:にじいろ交差点・第6回 テキスト by 桜井弓月

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第6回 保毛尾田保毛男騒動とアライシップ(2017/11/12)

にじいろ交差点(iTunes / Google Play Music / libsyn

 

キャシー:この前さあ、前回の収録、結構かなり前だったんだけど、まめたさん、高校に戻るとか言ってたじゃん? 高校に戻って講演をするって言ってたじゃん? どうだった?

 

まめた:それがねえ、面白くて。高校に行ったら、ほぼ全員知り合いの先生がずらっと座ってるわけよ。すごい喋りづらくって。自分が高校のときに、例えば「セーラー服が嫌だ!」とか言って先生に相談をして、「いやいや、そんなの今だけだよ」みたいな。その先生とか真ん前に座ってて。すっごい喋りづらかったんだけど、全体的な反応としては、「卒業生がよくこんな、逆にいろいろ学ぶ機会を提供したりとかして、懐かしいわね」みたいな感じでなごやかに進み、やりづらさはすごくあったけど、ちゃんと自分のふるさとみたいなとこに戻って、ちゃんとこういう日が来て良かったなと思ったね。

 

キャシー:あー、いいね。なごやかな雰囲気の中でも、ちゃんとハードな話はできた?

 

まめた:そうそう、結構話して。実際、キリスト教の学校なんだけど、キリスト教の中でもLGBTに対してあんまり、受け入れるっていうか、OKだっていう考え方の先生もいれば、それはどうなのみたいな先生もいる中だったので、他の学校で、例えばクリスチャンで教会に行ってて、そのことをどうやって話したらいいか悩んでる子のエピソードとかを入れて、ちゃんと考えたほうがいいんじゃないかってことで、そのへんもちょっと触れたりはした。

 

キャシー:すごい、あの、お疲れ様です。すごい、気まずい講演だね、それは(笑)。

 

まめた:部屋に入って行ったら、担任の先生が「ハグしたい」って言ってきたんで、何か、「うーん、それはちょっとあとで」みたいな。

 

キャシー:はっはっは(笑)。

 

まめた:ノリがよく分からなくて困っちゃった。

 

キャシー:結局ハグはしたの?

 

まめた:ハグしなかった。忘れちゃった(笑)。

 

キャシー:まあ、しなくてもいいよ。大丈夫だよ。

 

まめた:何か思い出したんだけど、キリスト教の学校だったから、結構クリスチャンの先生が多いの。で、自分がいろんな学校にLGBTの話で呼ばれても、自分の母校はずっと呼ばれなかったから、先生が「イエス・キリストが故郷では受け入れられなかったように、あなたも、うちの高校では呼ばれないだろう」みたいなことを前に喋ってたことがあって。

 

キャシー:あはは(笑)。

 

まめた:聖書を引用されて、「呼ばれることはないでしょう」みたいなことを言われたことがあって。でもちゃんと呼ばれたので、良かったなと思いました。

 

キャシー:それは、褒め言葉なの? はっはっはっは(笑)。

 

まめた:分かんない(笑)。でも、その先生としては呼んでほしかったみたいだけどね。

 

キャシー:その先生は来てほしかった?

 

まめた:その先生は来てほしくて、励ますつもりで聖書を引用したのかもしれない。

 

キャシー:あぁ。それなら、まあ、キリストとして誇らしく……あの……ごめん、全然聖書分からないから、そんなジョーク言わないほうが良かった。でも、いい仕事してますね、相変わらず。

 

まめた:最近どうですか?

 

キャシー:最近はね、ちょっと休憩しなきゃっていう。仕事プラス家事プラス、ボランティア、プラス、パートナーと犬のオーナーみたいな(笑)。その責任を全部ジャグリングしながら生きてるので、ちょっと、うーん、お休みすることを学ばなきゃっていう。というわけで、本当は先週収録する予定だったんだけど、土曜日の夜にすごい風邪をこじらせて、この声じゃ喋れないと思って。でも、ちょっとブレーキをかけて休んでいこうと思う。前回のエピソードの最後に、アライの話をしようっていう話をしてたじゃない? どう? 「アライ」って、いま、浸透してる? 言葉として。

 

まめた:アライね。LGBTの用語集の中ではすごい上のほうにくるよね。一般の社会でアライって言われても、「人の名前ですか? 荒井さんですか?」みたいな。

 

キャシー:そうそう、荒井さん(笑)。

 

まめた:一般の人が知ってるかって言ったら、どうだろうって感じだけど、「LGBT知ってるよ」みたいな、講演とか聴くと「アライになろう!」みたいな、「自分、アライなんですよ」みたいな言葉はよく使われる。日本はそんな感じかな。

 

キャシー:じゃあ、まめたさんが講演とか行ったときに「アライってなんですか?」って聞かれたら、どう答える?

 

まめた:あんまりアライって言葉を積極的に私は使わないんだけど、アライって言葉に関しては、一般的には「LGBTの理解者」とか「支援者」っていうふうに使うけど、単に理解するっていうだけじゃなくて、「ちゃんと当事者の人と一緒に何かができる人」みたいなところで、そういう言葉かなあっていうふうに説明はするよね。

 

キャシー:何で「アライ」は使わないの?

 

まめた:何か、言葉が増えるのが嫌いなんですよ。

 

キャシー:はっはっは(笑)。

 

まめた:カタカナをなるべく増やしたくないな。

 

キャシー:うーん! カタカナ増えたら、どんどん難しくなるもんね、コンセプトが。

 

まめた:うん。あとね、「理解者なんです」って現れる人がたまにいて、すごい怪しいなと思って見ちゃうので、そういう言葉は別に……何だろう、あることで便利な部分もあるかもしれないけど、積極的に使いたいかって言ったら、どうだろうなあ、みたいなとこなんだよね。

 

キャシー:うーん、何か、あれだね、たしかに「アライです」って来られたら、ちょっと一歩引くよね。

 

まめた:大丈夫かなって思うよね。

 

キャシー:一応、僕が「アライ」を使うときは、アライっていう言葉で人を指すというよりも、アライシップみたいな感じで、アライという姿勢の話をするほうが多いかな。

 

まめた:アライシップっていうのは?

 

キャシー:他人に対して理解を示すとか支援をするとか、一緒に問題解決の手助けをするみたいな、そういう姿勢がアライかなっていうのを個人的には考えていて、アライっていう帽子があるわけではなくて、アライっていう行動というのかな、姿勢とか行動とか、そういう部分にフォーカスをするようにしていて。ワークショップをしていて、例えばグループの中にLGBTの人たちと、そうではない人たちがいて、LGBTはLGBTのアイデンティティがあって、「そうではない人は、かわいそうだから、君たちにもアライというアイデンティティをあげよう」みたいな感じになると、本当に変な方向に行っちゃうから。そうではなくて、「もうちょっと深くアライっていうことを考えよう」みたいな、そういう話にできるだけ持って行く。

 

まめた:それで思い出したんだけど、この前フジテレビでさ、とんねるずの番組で、保毛尾田保毛男っていうキャラクターが出てきて、30周年で。そのキャラクターがゲイの人を揶揄した表現だとかいうことで抗議がたくさん来て、次の日にフジテレビの社長が謝罪したっていう、そういう出来事があったんだけど、そのときに結構声を上げてた人が、いわゆるLGBTの当事者とかグループ以外の人が結構声を上げてて、自治体の市長さんとか、経済評論家の勝間和代さんとか、結構いろんな人が声上げてて、それがいいなと自分は思ったんだよね。

 

キャシー:うん。もうちょっと事件の全体を教えてよ。

 

まめた:事件の全体はね、いまの40代ぐらいの人が小学生ぐらいのときに、テレビで保毛尾田保毛男っていうキャラクターがお笑い番組の中に出てて、いま40代ぐらいの人って、自分が小学生のときに、休み時間にみんながそのネタをやって笑ってるみたいなのが、つらい、苦い思い出みたいなふうに思ってる人たちが結構いたみたいで。

 

キャシー:うんうん。

 

まめた:とんねるずの番組の30周年記念とかでもう一回「懐かしいキャラクターが復活」みたいな感じで出てきちゃったので、いまの特に40代以上の人たちが覚えてると思うんだけど、自分が子どものときに味わったことを思い出して、それで抗議をしたってことがあったんだよね。

 

キャシー:はあ。時代の変化もあって、いろんな、当事者じゃない人たちも声を上げて抗議をしたっていう。

 

まめた:そうそう。

 

キャシー:うん。

 

まめた:で、私はWEZZYっていうウェブマガジンみたいなところで連載をしてるんだけど、そこの編集さんの、金子さんっていう人なんだけど、金子さんが結構怒って保毛尾田保毛男に関する記事を自分の名前で、金子さんの名前で記事を書いてたんだけど、彼が言ってたのは、「自分はLGBTの当事者じゃないけど、当事者にあれこれ全部言わせて戦わせるみたいなんじゃなくて、周りも声を上げないとだめだ」みたいなことをすごい言ってくれてて、何かそれはすごい大事な視点だと思って。

 

キャシー:うんうん。

 

まめた:いつまでも当事者団体だけが声を上げてるとかじゃなくて、みんなで考えていくっていうときに、やっぱり当事者じゃない人が声を上げることの意味とかってあると思って。アライっていうふうに、その人たちがね、金子さんとかが名乗るかどうかっていうのは分かんないんだけど、行動としてはさ、そういうふうに振る舞ってくれる人がいると、すごい、いいな。

 

キャシー:うん。で、今回の保毛尾田保毛男さん……「さん」付けたほうがいいのかな、保毛尾田保毛男さん、今回の抗議とかもあってフジテレビはどうしたの?

 

まめた:フジテレビね、謝罪して、次の日に社長が。で、そのあとですね、話し合いの場所とかを申し出したみたいで、謝罪文もわりと真摯なものが出てて、長年に渡ってこういうキャラクターで苦しめてしまったことに対してもお詫びするっていう、結構踏み込んだ内容で謝罪文が出てて、それは良かったなって、すごい思いましたね。

 

キャシー:うん。この件なんだけど、アライシップの話もしたいんだけど、フリースピーチの話もしたい。けど時間がないから、次回か、次の収録でしよう。で、話は戻るんだけど、アライとして声を上げるっていうのはすごい大事な部分、まめたさんが言ったとおり大事な部分で、やっぱりこうしたメディアとか、すごい本当に声が必要なときに、アライも一緒になって声を上げてくれるっていうのはすごい助かる部分で。例えばカナダとか北米のLGBTのムーブメントとかも、やっぱりいろんな他の団体が一緒に声を上げてくれたことで進んだ部分があって。で、そうしてアライをどんどん築いていくこともムーブメントが進んでいく要因だったのかなと思っていて。

 

まめた:うんうん。

 

キャシー:もうちょっとあとでアライのダメな例の話をしようと思ってたんだけど、声の上げ方みたいなのがあって、そこはちょっと難しいんだけど、声を上げることはすごい大事な部分だと思う。すごい素朴な質問なんだけど、例えば保毛尾田保毛男がダメってなって、僕が小学校のときって、中学校かな、ハードゲイっていつだったっけ?

 

まめた:あった!

 

キャシー:あったよね。あれはどうなるんだろうね。

 

まめた:そうそうそう。思い始めるとよく分かんなくて。しかも、言ったらさ、あんな誇張表現をとか言うんだけど、ああいう人いるかもしれないじゃんとかさ、いろいろ考え始めるとだんだん分かんなくなってきて。何だろう、当事者じゃない人が誇張してそういうキャラクターで、しかも完全に笑われるみたいな感じの描き方っていうのは、やっぱり正直見ててしんどいなっていうのはあるけど、ぶっちゃけハードゲイとか見てて、ちょっとなあと思うところもなくはなかったなあと思ったりとか。

 

キャシー:ハードゲイはグレーな……グレーっていうか、その……ははは(笑)。こういうメディアのリプレゼンテーションってすごい難しい部分で、どこまで……例えばハードゲイのキャラクターをやってた人が本人もゲイだったなら、また話は違うんだけど、本人はゲイじゃないからさ。ゲイコミュニティのキャラクターを使ってお金儲けしてるわけでしょ? っていう部分もあって。どうなんだろうね。ハードゲイ30周年記念みたいなときにどんな声が上がるのかちょっと楽しみ。

 

まめた:何か、ハードゲイの人さ、ゲイをダシにしていろいろ儲けたってことで、ゲイ雑誌か何かに出て、ゲイの人たちにも何かを還元したいとか言って出てましたよね。

 

キャシー:うん。還元したのかな。はははは(笑)。

 

まめた:その方向性で合ってるのか分かんないけど。

 

キャシー:ハードゲイで稼いだ収入を、例えばHIV予防啓発とかコミュニティセンターの建設とか、そういうのに役立てるなら別に話はちょっと変わるんだけど。まあ、あんまりビターになっちゃうから、じゃあ次の話に行こう!

 

まめた:はい。

 

キャシー:アライの話をしてるんだけど、もう一つ話したいのが、LGBTの中のアライ。自分がアライのときと、アライじゃないときっていうのがたくさんあって、例えばLGBTの中だと、ゲイ男性としてすごく社会的に恵まれたほうの立場にいるわけじゃない? だから、ムーブメントとかをやってたりとか、いろんなイベントとかを企画するときでも、すごく自分の立ち位置を考えなきゃいけないなといつも思っていて。

 

まめた:うんうん。

 

キャシー:そういうときに、自分がアライの立場を取るときも多い。例えば、先週……昨日か、パネルディスカッションみたいなのをみんなで企画していて、一人のパネリストがすごいかなり有名なゲイのフィルムメーカー、映画制作者なんだけど、その人がパネルディスカッションの2日前にメールを送ってくれて、パネルの人の名前を見て、「ゲイのおじさんがいっぱいいるから、僕抜けるわ」って言って抜けたのね。企画してるほうとしてはすごい困ったんだけど、でも助かったっていう部分もあって。やっぱり、イベントを企画するときって、なかなか完璧にコントロールできないから。例えば10人を招待して、来ちゃったのが3人のゲイのおじさんと、2人のゲイじゃない人になっちゃうとバランスが悪いから、やっぱり。でも、いまさら断れないし、みたいな。だから、その人がすごくアライとして自分の立ち位置に敏感だから、「あ、ここは自分は行かないほうがいい」っていう。その人は、それでもそのイベントに来てちゃんと他のパネリストを応援してたんだけど。それを見て、こうした考え方とか、そうやってアライとして他のLGBTの中の人たちをサポートするのって大事だなと思っていて。

 

まめた:思い出したのが、この前、京都に学生のイベントで呼ばれたんですよ。で、控室に行って、それはいろんな社会人を招いて社会人と一緒にいろいろディスカッションするっていうイベントだったんだけど、遅れて行って控室に入ったら、呼ばれている社会人がほぼみんな男だったんですよ。これはちょっとまずいなと思ったんだけど、自分は呼ばれている立場で、もうその面子でやることが決まってて、じゃあ、それをいつ指摘したらいいんだろうかみたいなことをすごい思って。結局、その日は言えないで帰ってきて、本当はそうじゃなかったら良かったなと思ったんだけど。でも、そこにいる人は全然気が付いてないかもしれないし、そういう場面って結構あるんだよね。

 

キャシー:多いね、そういうの。

 

まめた:自分がトランスだから、何だろう……何だろな、LGBTのこととかを話す機会はあるけど、そもそも女性がいないとかさ、その辺のこととかもすごい言っていかなきゃいけなかったりとかして、そういう場面はまだまだすごいあると思う。

 

キャシー:そういうときに、もし、まめたさんじゃない他の男性の人たちもそれに気づいて、「ちょっとバランス悪くない?」っていう声を上げてくれたら、もうちょっと、まめたさんに対する負担が減るんだよね。

 

まめた:そう。その他にも言わなきゃいけないことがいろいろあったから、めんどくさい人みたいに思われたらどうしよう、とか思うんだよね。

 

キャシー:そう。でも、それ多いよね。やっぱり、いろいろこうした問題が見えちゃう、そうした仕事をしてるとどんどんそうした問題が見えちゃうから、どこまで言えばいいのかみたいな部分はあって。例えば、部屋に入って問題が10個あって、でも、現実的に3個しか解決できないときに、3個しか指摘できないときに、僕は一番重要な部分を3個選んで言うんだけど、他の人も一緒になって「ここも、ちょっと、どう?」みたいな、そういう話をしてくれると、すごい問題解決が進みやすくなる。

 

まめた:気が付いてくれる人を増やしたいよね。

 

キャシー:そうだね。それもアライだよね、たぶん。当事者が指摘するまで待つっていうのは、すごくやめてほしい。ははは(笑)。それは自分にも言えることなんだけど。

 

まめた:そう。そのときは言えなかったんだよね。部屋入った瞬間に気がついたときとか、言えないよね、そういうこと。言いづらい。

 

キャシー:言いづらいよ、言いづらいよ。イベントの5分前とか、言いづらいよね。でも、そういうときに例えばイベントの5分前で何も変わらないけど、パネルの最中にその問題を指摘して、次回どう変えていけばいいのかみたいな、その話もできたらいいんだけど。それも、アライの助けが必要な部分もあったりして。

 

まめた:さっきの、ゲイの人がたくさんいてって場面なんだけど、思い出したのが、前に女性オンリーのイベントを日本で開く企画があったときに、女性の定義で揉めたことがあって。トランス女性の人がそのイベントに入れるかどうかですごい問題になっちゃったことがあって。そのときに、中野にあるLOUDっていうレズビアンとかバイセクシャル女性のセンターがあるんだけど、そこの大江さんが、その人はシスジェンダーの人なんだけど、トランスジェンダーをちゃんと仲間として入れるように、すごい一生懸命声を上げてくれて、すごい助かって。「またトランスが何か戦ってる」みたいな、LGBTコミュニティでトランスが声を上げなきゃいけないことって結構多いと思うんだけど、「トランスVSその他」みたいなのは、すごいつらいので、そこで一緒にやってくれる人がいて本当に良かったと思って。

 

キャシー:うん、それは助かるね。

 

まめた:うん、すごい良かった。

 

キャシー:そのイベントは、どうだったの?

 

まめた:今は大丈夫だと思います。分科会とかやってる、そのイベントの中で大江さんが。

 

キャシー:あの、本当に、気づいたときに当事者じゃなくても声を上げることはすごい必要だと思う。

 

まめた:いつも同じ人が声上げてると疲れるしさ。「また、あいつが声上げてるよ」みたいな。

 

キャシー:ほんと。

 

まめた:固定化される感じとか、「また言わなきゃいけない!」みたいな。言わされ感というか、言わなきゃいけないから言うけどさ、みたいな。もうちょっと負担が減るといいなってすごい思う。

 

キャシー:うん。で、ここまでさ、いろんなアライのあり方みたいな話をしてきたんだけど、ダメな例もかなりあると思うんだよね。そこはすごいほんとに難しい部分だと思っていて。どう支援すればいいのかっていう部分って、本当にちゃんと考えないと間違いをしやすい。どう? ダメな例。

 

まめた:分かりやすい例だとさ、例えば学校の先生向けに研修をして、「いい話を聞きました」と。「よく分かりました。でも、制服を変えるのは難しいから、それはまだできないんですけどね」みたいな、何か知ったり分かったっていうところで終わって、普段の行動を変えようとしないとかは、よくあるダメなアライというか、「もうちょっと頑張ってください!」みたいな。話を聴いておしまいとか、理解しておしまいじゃなくて、それは普段自分たちが過ごしてきた社会の前提とかについて考えて、もうちょっと何かを変えたりとかするところまでコミットしてくれないと、それは、何て言うのかな、ちゃんと伝わったとは言えないし、本当はそういうとこまで持って行かないと研修としてもあまり意味がないというか。ホントはそこまでやってこそかなっていうふうに、そのときすごい思って。「理解」ってすごい響きがいいから、みんな「理解」って聞くとすごいいいことだって思うんだけど、実際にその話を聴いて何か多様性のためにやろうっていうのは、もうちょっと踏み込まないとできないよね。

 

キャシー:理解するだけなら……すごい、その、ビターになっちゃうんだけど(笑)、理解するだけなら誰でもできるから、っていう部分もあって。何かしなきゃアライじゃないと思う。

 

まめた:うん。

 

キャシー:あと、例えば、理解して行動まで進む人で、耳を傾けないアライ。その時点で耳を傾けない人っていうのは、すごい危険なアライだと思うんだけど。例えばまめたさんの講演会に参加して、LGBTはこうした問題を抱えているっていうことを学んで、次のステップが「こうした解決策をすれば、きっとLGBTたちも喜ぶだろう」っていうことを勝手に考え出して、それをどんどん押し進めちゃう人。

 

まめた:いるよね。

 

キャシー:すっごい危ない。うん、いるいるいる。例えば、大学のときに、友達にカミングアウトし始めたときに、一人の友達がそんな感じで、たぶんヒーローになりたい性格の人で、僕がグループに受け入れてほしいっていうことをすごく考えていたみたいで、みんなで集まったときに勝手にカミングアウトをしてくれたわけだよ、そのグループの中で。で、周りがみんな、僕がゲイっていうことに引いてたわけじゃなくて、その子が勝手に人のすごい繊細な部分を公開したってことに引いていて。その子は自分がすごい自分が良いことをやっているっていうふうに思ってるんだけど、まったく僕のニーズには耳を傾けてない。だから、そういうアライの人たちも結構いて。それをアライとは呼ばないんだけど、僕。

 

まめた:どうしたらいいんだろうね。いろんなことに共通するよね。別にそれってさ、ゲイだからとかじゃなくてさ、他のことについてもそういうことしちゃう気がするよね。

 

キャシー:そうそうそう。何かその、ソーシャルワークとか、コミュニティワークやってるときとかは、結構その、誰かを助けたいとか、ホームレスを助けたいとか、そうしたモチベーションで来るボランティアとか結構来るのね。そういう人たちに一番最初に自分がする質問は、「何で?」っていうのが最初の質問。自分も例えばホームレスを経験したことあるから問題解決に役立ちたいとか、そういったちゃんとした理由がないと、ほんとに、雑誌で読んだ記事でホームレスはかわいそうだからっていうことを学んで何かしたいっていうところから始まると、すごい危険。やっぱり、ちゃんとニーズとか社会背景とか、ちゃんと問題自体を知らないと、いきなり入ってきて勝手に問題解決を始めると、ほんとに害しか与えないことも多い。

 

まめた:誰かを支援するって結構大変なことですよね。

 

キャシー:大変大変。

 

まめた:地震とか……日本って地震が多いからさ、震災のときとかに結構いろんな人が、やっぱ助けたいと思っていろいろ物を送ったりするけど、例えばさ、送られてきても困る物があったりとかさ、ほんとに良かれと思ってしても、逆に、それ貰ってもどこに捨てたらいいんだとか、どこに置けばいいんだとか、そういう話を聞くと、結構、支援するとか人の何か役に立つって、すごい実はスキルがいることだなってことをね、すごい思うんだよね。

 

キャシー:そう。

 

まめた:しかも、物を送るとかは目に見えるけど、LGBTのアライとかって目に見えないしさ、その辺でもうちょっと……そんなに難しいことでもない次元で、「そりゃダメだろ」みたいなことも結構あるけど。どうしたら防げるんだろうね。まあ、本人に聞きゃいいんだけどね。

 

キャシー:ははは(笑)。でも、やっぱり、例えば誰かを支援したいってときに一番シンプルな答えとしては、「どう支援すればいい?」っていう話をすればいい、って話じゃない? 個人個人で。そうした会話を続けていくっていう部分も大事だと思っていて。いきなり入ってきて声を上げるんじゃなくて、もし入ってくるなら、ほんとに座ってゆっくり話を聴いてほしい、アライとして、っていう部分があって。で、あんまり目立つ立場にどんどん行くよりも、一歩引いて周りのことを理解して、どうやって自分が役立てるのかってことを真剣に考える必要があって、それも考えて答えが出るわけじゃなくて、ほんとに考えて考えて考えて考えて、どんどん見えてくるようなものだから。これは僕自身に対する言葉でもあって、ゲイとして、アジア人のゲイとしてトロントのコミュニティで仕事をするときに、どうレズビアンとかトランスのコミュニティとかに対して支援すればいいのかとか、どう黒人とかIndigenousのコミュニティに対して支援すればいいのかとか、どう障害を持っている人たちに対する支援をすればいいのかとか、ほんとにいろんな複雑な社会の中で、自分の立ち位置からどう周りを助ければいいのかとか、どう支援すればいいのか考えなきゃいけない部分があって。で、答えはほんとにないから、分からない部分を、分からないっていうことを受け入れながら、ゆっくり進むしかない。

 

まめた:何だろう、それもそうだし、例えばゲイだったら、他の……ゲイゆえにLGBTコミュニティの中で持っちゃってる発言力とかさ、ひょっとしたらあるかもしれないじゃん? そういうのをさ、うまく他の人が喋れるように使ったりとかさ、持ってるものはうまく使ったほうがいいと思うんだよね。ちょうどこの前、異性愛者の特権リストとかシスジェンダーの特権リストみたいなのを使ってワークショップをやる機会があったんだけど、それを見たシスジェンダーの異性愛者の子が、これもすごい分かるし、プラス、「何でこの場所にいるの?」みたいなことを散々こういう勉強会に行くと聞かれるっていうことを話してて。つまり、言ったらさ、LGBTコミュニティに来て、何であなたはここにいるのかみたいなことをすごい説明しなきゃいけなくて、LGBTの当事者の人は多分そんなことは聞かれなくて、周りの人は「何で?」って聞かれないのに、彼は何をするにも「何で?」って聞かれるっていうのは、でも、普段一般社会においてLGBTの人は何をするにしても「何で?」って聞かれる、その逆の経験をしてるっていう気付きがあって。自分のそういうちょっとアウェイな経験、例えばホームレスの支援がしたいとか言って、そこに行くんだけど、自分が、何て言うか、想定されているメインの人ではなくて、一歩引いてそこにいるってことで考えること、すごい大事だなと思う。

 

キャシー:大事だね。

 

まめた:あのー、昔さ、NHKの『ハートをつなごう』って番組があって、LGBTの特集をやってたんだけど、バイセクシャルの特集がなかなかできなかったんですよ。

 

キャシー:あー、そうなんだ?

 

まめた:何でかって言うと、バイセクシャルっていうのはどう扱っていいか分からないって、番組の制作チームの人が言っていて。ゲイとかレズビアンとかトランスジェンダーだったら描きやすいんだけど、バイセクシャルっていうのは、例えば同性愛のコミュニティの中にも馴染めないとか、より複雑だみたいなことを制作チームが言っていて、でも番組に対しては「バイセクシャルもちゃんと扱ってくれ」ってメッセージがどんどん番組に寄せられるみたいなことがあって。

 

キャシー:うん。

 

まめた:結局そのときは、ホームページで座談会をやったらいいんじゃないかみたいな話になって、番組で難しいんだったら、せめてホームページ上でバイセクシャルの人を集めた何か企画をしようってことにして、そういう企画が実現したんだけど。そのときは、自分はバイセクシャルじゃないから、何していいか分からなくて、結局周りのバイの友達とかに声かけて実現したからすごい良かったと思って。何て言うのかな、何をしていいか分からないとかいうときに、そういう場を作るとかって、そんなに難しくないっていうか、まずはそういうところからやるのでもいいんだなと思って。

 

キャシー:そのバイセクシャルの番組は……番組じゃなくて座談会は、どうなったの?

 

まめた:それはね、3人のバイの人が喋るみたいな企画で、それは今もNHKのページに載ってるんだけど、わりといい内容だと思うし、いまだにメディアでバイセクシャルのことがちゃんと取り上げられることが日本はすごい少ないから、そういう意味では良かったかなと思うんだけど。ホントはテレビでやったらいいと思うんだけど。

 

キャシー:というわけで、次回予告に行きますか?

 

まめた:そうですね。

 

キャシー:リクエストがあったんだよね?

 

まめた:そう。リクエスト頂きました。普段ブログ用に字幕を付けてくれている桜井弓月さんからリクエストを頂きました。読み上げると、『以前から、トイレ問題をもう少しきちんと知りたいなと思っています。トイレって生活していく上で絶対に避けて通れないのに、多目的トイレですら必ずしも誰もが使いやすいようにはなっていないんですよね。でもこれは、あくまで私が車椅子ユーザーの視点で感じていることです。LGBT当事者の人たちもいろいろと不都合を感じているのだろうな、ということは何となく想像できるのですが、具体的な課題やニーズは、正直あまり分かっていません。「LGBT当事者の人たち」と書きましたが、素人考えでは、例えばLGBとTでは求めている方向性が違ったりするのでは? と思ったり、もっと言うと、同性愛の人やバイセクシャルの人とトイレが自分の中で結びついておらず、主にトランスジェンダーの人たちが直面している事柄なのかなあと想像してみたり。例えば、社会の意識や制度が変わって、本人が使いたいトイレが使えるようになれば解決するのか、それとも他にトイレの構造などの問題もあるのか……とか、そこら辺の課題とニーズを教えてもらえたらありがたいです。』というメッセージを頂きました。

 

キャシー:はい。

 

まめた:じゃあ、次回はトイレの話をしますかね。

 

キャシー:トイレの話をしよう。

 

まめた:そうですね。

 

キャシー:実は、「まめたさんと言えばトイレ」っていうイメージがあって。

 

まめた:ははは(笑)。

 

キャシー:この話をしたい(笑)。次回のエピソード。説明しないと、すごい変な響きなんだけど。説明させて、次の話で。あの、ごめん、ちょっと鼻がすごい詰まってて、トイレ行ってくる。

 

まめた:また今度で。

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